自分を大切にする実践!アセンションを成功させるために

私は、スピリチュアル大学で学び始めて約12年です。

今、振り返って思うと、 入学当初の私は、「自分を大切にする」ということが どういうことなのかわかっていない人でした。

もちろん言葉では知っていました。

そして自分を大切にしているつもりでした。

 

学びの中で、自分が何をしたいのか?

何をしているときが一番ワクワクするのか?

すぐに「願望」が出てこない当時、生きながらにして人生をあきらめているような状態であることをやっと自覚できたのです。

その頃の私には、自分の夢や望みをワクワクと語る人は特別な人に見えていました。

そんな私に「希望」の光が射してきたのは、辛く苦しいと感じる体験の中で見つけた自らの固定観念に気づき始めてからだったのです。

<目次>*****************************

【自分を大切にするために:身につけたあらゆる観念に気づき解放する】

1・幼児期:親の教訓「思いやり」

2・成人後:職場での気づき「いい人」

3・あたりまえの行動に気づく:習慣を変える

4・私はどうしたいのか?:自分に軸を置く

5・絶対にあきらめない:自分を信じ続ける

*************************************

hiro_no1_1

1・幼児期:親の教訓「思いやり」

小さい頃、親から「思いやりのある子になってほしい」と言われたり「思いやり」があることはいいことなんだ!と教えられて育ちました。

私は、一生懸命それに応えるように「思いやり」を演じました。

あるときは、妹への「思いやり」あるときは、両親へ向けた「思いやり」でした。

そこには、家族に愛されたい、認められたいという強い想いがあることに、その当時はもちろん気づくこともありません。

おとなになった今でもなぜか強く印象的に覚えていることのひとつに、私が小学校一年生の時、夜にお留守番をするということがありました。

町内会の集まりで、帰りの遅い両親のために押し入れからお布団を汗だくになりながらお布団を敷き、帰りを待っていたことがあります。今となっては笑い話ですが、とても「苦しくさびしかった」思い出でもあります。

その「思いやり」の行動は、自分以外の相手のことばかりを考えた私の習慣となっているもののひとつでした。

私は、「自分を大切にする」よりも、「自分よりも人を大切にする」ことが「もっとも大事なこと」だと信じて生きていたのです。

2・成人後:職場での気づき「いい人」

おとなになって、職場での人間関係を築いて行く上で親から教えられた「思いやり」は、ある意味とても役に立ちました。

自分のことよりもまわりの人のことを思いやり優先する行動は多くの場合人から嫌われることがありません。

むしろ大事にされ好かれました。「いい人」という評価もつきました。

しかし、「いい人」でいれば、人間関係においてもすべてがうまくいくか?というとそうでもないのです。

まず、自分に行き詰まりました。

だんだん「いい人」を演じていくのが辛くしんどく感じられてきたのです。

なぜなら、自分のことよりもまわりの人のことを思いやり優先する行動というのは、「自分を犠牲にする」ことで成り立っているからです。

私は、ガマン強い子だったかもしれませんね。笑

「自分を大切にする」ことを意識しはじめたとき、私は「自分を犠牲にする」という真逆の体験をしていることに初めて気づきました。

hiro_no1_3

3・あたりまえの行動に気づく:習慣を変える

ある日、職場でハッとしたことがありました。

いつも あたりまえのようにしていた行動「あれ?」と思ったのです。

その時のあたりまえの行動というのは、お昼休みにテーブルを囲んでいたときのこと、そこへ、遅れてやってきた人がいて、私が誰よりも先にその人のために自分の席を譲る!という行動でした。

当然、私の席はなくなります。それなのに、私は笑顔で「大丈夫、大丈夫」と言いながら 椅子を探しにいくのでした。

今までは、なんの違和感も持たなかったそんな私のあたりまえの行動「あれ?」「何かおかしいゾ?」とやっと気づくことができた場面でした。

4・私はどうしたいのか?:自分に軸を置く

スピリチュアル大学(スピ大)の授業の中で自分が望むことを知るために、まず「あたりまえに思っていること」を書き出してみる!というのがありました。

そうすると、私の中からたくさんの「○○でなければならない!」が列をなしてゾロゾロと出てきたのです。

 

・女性はやさしくなければならない

・人には思いやりを持って接しなければならない

・親の言うことはまちがいない。

・苦労はかってでもしろ。。。etc.

 

書き出して見ているだけでも、苦しくなるようなものばかりでした。

あまりにもあたりまえに思っていることは、こうして「本当にそうかな?」と疑ってみるということをしなければ浮上してこないことも実感しました。

スピ大の授業の中でこのことに触れたことで、まるで私が着ていたものが重い鎧のように感じ、なぜ、そんな重い鎧を着ているのか?

鎧を着ることを本当に望んでいるのだろうか?私は初めて疑問に思ったわけです。

 

私はいったいどうしたいんだろう?

何を望んでいるのだろう?

「自分を大切にする」ことを知るためにやっと顔を出した小さな疑問でした。

自分が望んでいることを考えたりイメージを膨らませることは楽しいことでワクワクするという感覚も芽生え始めました。

どんなことがうれしいのか?

どんなことに喜びを感じるのか?は、他の誰でもない、私にしかわからないことです。

自分を大切にするためには、今までのように自分のことよりもまわりの人のことを思いやり優先することをし続けていても、自分を大切にはできないんだなということにもようやく気づきました。

 

自分の外側(自分以外の人)

自分の内側(自分自身)

今でこそ、自分の内側を見ることが習慣になっていますが、スピ大入学当初は、自分の内側へ意識を向けるということは 初めてのような慣れない感じがありました。

自分を大切にするために、「私は何を望んでいるのだろう?」と私が私に聞いてあげること。

 

の誰でもない「自分」に軸を置くこと。

それは、私にとって自分を大切にするための第一歩でした。

5・絶対にあきらめない:自分を信じ続ける

私たちの周りには、自分自身で身につけてきた「観念」の他にもたくさんの「常識」が散らばっています。

自分が「こうしたい!」と思うことの中にも、よぉ〜〜くみてみると、あらゆる観念が混じっています。

大抵は、一般的な常識を軸に無難に物事を決めます。

そして、あたかもそれが自分の心からの願望のように自分で思い込ませていることに気づいていないことがほとんどなのです。

これは本当の自分の軸ではありません。

「無理だ!」「できるはずがない」という「怖れ」がそこにあります。怖れや不安は簡単に私たちを自分の軸から外します。

「怖れ」や「不安」に気づいたら解放!です。

100%自分の想いを信頼して行動することは、自分を大切にすることです。

自分を大切に信じ続けることは、自分自身の内側から大いなる源に繋がり全てを可能にします。

そして、これは未だ私たちが経験したことのないエキサイティングな上昇の道筋を選択すること(アセンション)そのものなのです。


SNSでもご購読できます。