生きるとは?私達は何の為に生まれ、何の為に生きるのか?

あたり前なことですが…、私たちは「おぎゃー」と生まれた瞬間から、肉体を出るその瞬間まで、今このときも…。

「生きています。」

でも、生きるってなんだろう?

こんな究極な問いは、普段はあまり考えることはなくても、誰の中にもあるものかもしれません。

いやなことがあっても、なんとか頑張って毎日を生き…。でも、ふとした瞬間「いったい何のために生きてるの?」と思ったり、大切な人を失った時「生きるとは何?」という深い問いにたどり着くこともあるかもしれません。

生きるってなんでしょう?

「生と死」。この世は、相対する二つのものが同時に存在する二元性の世界。二元性の世界では「死」があるから「生」が存在し、生きていることは、いつか訪れる「死」へと繋がっています。

でも、生きている間に「生きるとは何か?」を考えてみることはとても大切なことだと思いました。私たちは何のために生まれ、何のために生き、どこへいこうとしているのか...

そんな根源的な問いをご一緒に考えてみませんか?

生きる意味を考えることは、自分らしく、ありのままに、自分軸を生きること。「本来の自分」を生きることへ繋がっています!

1.生きるとは・・

まず始めに、ご存じの方も多いと思いますが、谷川 俊太郎さんの「生きる」という詩をご紹介します。

生きる

生きているということ
今生きているということ
それはのどがかわくということ
木もれ陽がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみをすること
あなたと手をつなぐこと

生きているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ
そして
かくされた悪を注意深くこばむこと

生きているということ
いま生きているということ
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ

生きているということ
いま生きているということ
いま遠くで犬が吠えるということ
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ
いまいまが過ぎていくこと

生きているということ
いま生きているということ
鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ
人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ

2.生きるとはすべて

生きるとはすべて…。この詩を読んだとき、私はそう感じました。

楽しくて幸せなときだけではなく、辛く苦しいときも、それもまた、「生きている証」です。生きているからこそ、辛さや苦しさ、様々な感情を私たちは感じることができるのですね。

相手に腹が立ったり、人から言われた言葉に傷ついたり。全てが生きているからこそできることです。でも、そんな辛い人生なら、生きていなくてもいい…。と思うこともありますよね。でも極端にいえば「死にたい」と思うことも「生きている証」なのです。

生きているということは、辛いと感じられること。喧嘩ができること。冷たい風を感じられること。人と心を通わせられること。笑えること。

今あるすべてが、生きるということです。

3.生きていることの素晴らしさ

辛いときに、「生きることは素晴らしいよ」といわれても、きっと無意味な言葉に感じるかもしれません。それでも「生きているって素晴らしい」とお伝えさせてください。^ ^

私たちは生きているから、人と話ができて、食べ物を美味しいと味わえて、お気に入りの音楽を聴くことができて、燦々と輝く太陽や、夜空に浮かぶ美しい月を見ることができる。

生きているから、今ここにあるすべてに触れることができる。人のぬくもり。猫のやわらかさ。温かいお茶。お風呂のお湯の温かさと開放感。

日常のひとこま、ひとこま、すべてに… 生きていることの素晴らしさがあります。

実は私たちの住むこの世界は、そもそもネガティブに傾いていて、無意識に生きていると、不安や恐れ、悲しみなどのネガティブな感情を感じる出来事が起こる世界だったのです。

そんな風に聞くとびっくりするかもしれませんが^ ^ でも、広い目でみるとネガティブな出来事は、生きる醍醐味でもあります。

4.「辛い」と「幸せ」!

ネガティブな出来事が生きる醍醐味?!

それは、左にあるものは、右に持っていけますが、始めから右にあるものは、右に持っていく、という発想すら生まれないのと同じく、ネガティブな感情と幸せは、両方あることでその違いを感じられたり、変化させることができます。つまり、ネガティブはその逆の望む感情(幸せや喜び)へ変えていくためにあるのです。

そうやって、左の望まぬ枠から、右の望む枠へ自分で変えていくこと、これが生きているからこそできる、大きな醍醐味です。

「生きることはすべて」とお話ししましたが、それは、私たちがそのあらゆる全ての中から「望むこと」を選んで生きることができる、という意味でもあったのです。

「辛い」という漢字は、一を足すと「幸せ」になります。「幸」せの中には「辛」さがあるのです。でも”一歩”踏み出すと、そこには幸せがあります。辛さと幸せは表裏一体だったのです。

私たち人はそもそも「辛さや苦しみ」があるからこそ、その逆の生きることの素晴らしさを深く、強く感じることができます!

5.二元性の世界での、本当の意味での生きる素晴らしさ

「生と死」「ネガティブとポジティブ」「表と裏」私たちの住むこの世界は、二つの相対するものが存在する二元性の世界です。

二元性の世界に生きる私たちにとって本当の意味での生きる素晴らしさ・醍醐味とは、片方の望まぬもの(ネガティブと感じる感覚、感情)を、もう片方の望むこと(幸せや喜び)に変えていくことではないかと、私は思いました。

つまり.. それは、幸せになることです。そしてそれは.. 必ず「幸せではない」という体験が始まりにあること。

辛いことも、悲しいことも、絶望することも、この世界では、あらゆるネガティブな体験があります。でも、その全ては、その片側の幸せに変えていくためにあるのです。

私たちがこの世界に生まれてきたのは、そのネガティブな体験を通して、本当の自分が望む感情や思いへ、自分で自分を変えていくためだったのです!

6.二元性の世界で、幸せであるとは..

ではどうやって、ずっと片方の望む方にあり続け、幸せでいることができるのか?

それは、望む方へ変えていくことを、止まることなくやり続けることです。ネガティブな状況に長くとどまらずに、日々意識的に、心の中を望む感情(幸せや穏やかさなど)に、自らの意思で変えていきます。

生きるとは、その選択の連続です。つまり、生きる意味は、全ての瞬間にあったのです。

どんな自分でありたいのか?を選択し続けることは、人生の意味や目的を、自分で創り続けていくことです。

全ての今を、意識的に生きること、それが..私たちの究極の真理であり、生きる目的なのかもしれませんね。

最後に...

最近生と死について考える機会がありました。

あたり前なことですが、人は肉体を離れるとき、何ももっていけないのだなあ..とあたらめて気づきました。

亡くなるその日まで元気に畑へいき、とってきてくれたお野菜。昨日まで使っていた机の上に置かれたコップ。

何もかも物質的なものは、変わることなくそのままあるのに、人はそこにいない。その突然の出来事を通して明日はないんだなあと思いました。

「明日もある…明日やればいい」という思いが、本当に心が望んでいることを先延ばしにしている…。でも、「今」というこのときは、今しかなくて、生きるとは、その「今」の連続なんだと思うと、心から望むことをいつでも選択して、すべての今を大切に生きていきたい!と深く感じたのでした。^ ^


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