親子関係が修復できた!癒しの4つの手順

人を変えるのではなく、「自分の想いが変わることで、見ている世界が変わる」ということを信じられますか?他人を変えなければいけないとなると、うまく変わってくれない相手に腹立たしさや無力感を感じることもあるでしょう。でも、自分の想いを変えるのは、自分ですべてできます。

わたしは、ある出来事から父との親子関係を見つめ直しました。それにより幼少時代からの父との関係を修復し、全く別と感じられた娘の問題が解決に至るという体験をしました。

わたしと父との関係は、「支配する父、従服するわたし」という形で40数年間続いてきました。役に立つ自分でありたいと看護師になることを夢見ていましたが、当時父は自分が果たせなかった大学進学を望み、それに従う形になりました。父は、家でも会社でも、自分が引っ張っていくというタイプでした。自分についてくれば必ずうまくいく!と自分の思うがままに人を動かしてきました。わたしは幼いころから、父の顔色を見ながら過ごしていました。守られているという代償に、父の思い通りに進むレールの上を進まねばならないという形を取ったのでした。

7年前のことです。最愛の妻を亡くした父は、寂しい老人と化していました。体重は激減し、威圧的な態度も母の介護を通して、すでになくなってきていました。というのは、若年性認知症の母を家で介護してきた中で、恍惚の人と化した母が、父に「自分の思い通りに行かない」体験をたっぷりさせてくれていたのでした。

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そんな中、当時高校2年の長女と担任とのトラブルが浮上しました。クラス担任の先生の威圧的な態度に、娘が反抗したいのにできないと、家に返ってくるなり大泣きをしたのでした。娘の話を聞けば、客観的にどう見ても理不尽な出来事でした。確認の電話をすぐに先生にしましたが、娘が伝えてくれた通りでした。先生は、その中で自身の正当性を主張する一方でした。それ以上話し合っても無理、と一旦電話を置きました。

「目の前の現象は、自分の心を映し出す鏡。娘の問題であろうと、わたしに関係がないことはない・・・」と感じたのは、その数か月前に友人から「『おもしろかったから、読んでごらん」と『鏡の法則』(野口義則著:当時はまだ書籍化されていない)のプリントが送られてきて、その中に書かれていたことを思い出したからでした。すぐに思い浮かんだのは、娘の問題ではあるけれど、ここにはわたしと父との関係が映し出されているに違いない、と。

『上からの威圧→反抗できないで我慢する自分』。思えば、育った家庭でも社会でも、ずっとこのパターンで過ごしてきました。もしかしたら、わたしが「威圧→我慢」の構造を止めるために娘がこのような姿を見せてくれるのではないか?と思えてきました。担任の先生に態度を改めてもらうようお願いをするのではなく、わたしが父に対する思いを変えれば、そんな現象を見る必要はなくなるかもしれない。これは大きな救いでした。先生の心を変えるのではなく、自分が変わればいいのですから。

そんな父の様子でしたから、被害者意識たっぷりのわたしが、父への想いを変えるチャンスかもしれない、と思いました。でも、それはとても面倒くさく感じていました。父との関係を小さいころから丁寧に見直すことは、感情を揺さぶられる思いがたくさん出てくる、苦痛な作業と想像できましたので。

でも、わたしだけの問題でなく娘にも波及していて、娘が辛い思いをしているとしたら、何とかしたい。それが、原動力となり、父との関係を幼少期から今に至るまで、丁寧に見つめ直しました。

 

親子関係~癒しの4つの手順~

 1.「許せない!」と感じている想い・・・腹立たしい思いを今ここで感じながら、書き出す。

(例)手紙の盗み読みなんて最低!親は子どものすべてを知る権利がある、監督責任だって?!じょーだんじゃない。こっちだって、個人のプライバシーってもんがあるんだから。

 

 2.感謝したいこと・・・してもらったこと、うれしかったことを今ここで感じながら、書き出す。

(例)家に帰ってくるのがいつも早くて、家族を大事にしようとしていた。家族は絶対守ると言っていた。当時は早く帰ってくることがウザかったけれど。

 

3.書き出した上で、謝りたいこと・・・1・2を書き出すうちに、出てきた思いを書く。

(例)心配は、愛情の裏返しだったんだね。両親が小さいときにいなくて、愛情をいっぱいもらえなかったんだね。わたしは、愛されていたんだけど、心配がわずらわしかった。心配なんてしてほしくなかったし、自分を信じてほしかったんだ。

 

4.以上から、どう接すればよかったのか・・・こうやって洗い出し書き出した今のわたしだったらどう接するか、書き出す。

(例)父の家庭環境のことを考えれば、威圧的な態度や見栄は理解できる。社会を生き抜くために、見栄は必要だったんだろう。心配だって、大事な人が失われる経験を幼少にしてきたことを考えれば、してもしょうがない。

 

書き出してみて、父の気持ちに寄り添ったのは初めてかもしれないと感じました。2日間、幼少期から今までのことを内観し、書き上げたときには気持ちがかなりすっきりしていました。書きながら父は、周りの人を守りたい裏返しで、威圧的な態度を表していたことが見えてきました。父の成育歴にまで思いが及ぶと、孤独感・恐れや不安をたくさん抱えていただろうことが推し量れました。

そして、翌日父に会った時には、素直に、「お父さん、今までいろいろありがとう」と素直に伝えられました。父は突然のことにびっくりしていましたが、「今日は、幸せな日だ」とわたしの帰り際にぽつりと言いました。

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その後、先生と娘との問題も円満解決しました。父との関係を見つめるために起きた出来事だったと素直に信じることができた一件でした。

見つめ直している最中には、頭を金づちで殴られたような気づきがありました。父からされたと被害者のように感じていた自分の価値観の押し付けを、わたしも娘たちに対してしていたことでした。わたしは、無意識によかれと思ってしていたのです。父もわたしのためと思ってしていたことばかりだったかもしれない、と素直に思えました。

父に会うときは、何を言われるのかといつもびくびくしていたわたしでしたが、今では自然体で会うことができ、以前には考えられなかった、冗談を言い合える関係になっています。

 

【こぼれ話】

長女は、わたしが父に反対された看護師になっています。父もそんな孫をまぶしそうに見ています。父が当時反対したのは、ただ、わたしに自分の希望が通らないという感情体験をさせてくれただけだったか・・・と思える今です。その職業は、看護師でも何でもよかったのかもしれませんね。

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