「過去は変えられる」本当の意味は?実は誰もがやっている!

「過去は変えられる」ということは、驚くことではありません。

実はわたし達は皆、日常生活の中で普通に過去を変えています。

氣がついていないだけで、ずっと過去を変え続けて生きています。

こうなりたい!こうしよう!と思ったとき、過去を変える必要が出てくるからです。

なぜなら過去の体験が、そうさせないように、邪魔するからです。

こうなりたい!こうしよう!と思ったとき未来に目が向きますが、実は、逆です。

過去に目を向ける方が、本当、だったんです。

あ、自分の人生は自分で創れる、ということが前提での話です。

良い過去はポジティブな未来を、悪い過去はネガティブな未来を創ります。

「過去は変えられる」の本当の意味を知ると、なるほどーやってるわーと納得されるでしょう。

過去を変えることを、しっかり落とし込むことで、簡単に望む未来が創れるかも知れません。

わたしの「過去を書き換えた体験」

つい最近のことです。

8年前の2010年9月に、ニチメコのコミュで、公開で書いた自分の日記に目が止まりました。

母のことを書いていました。今では記憶が薄れ、こんなことを書いていたんだなあ、と新鮮な氣持ちで過去の自分と対面しました。

わたしは物心ついたときから、母が大っ嫌いでした。なぜなら、普通の優しい母親らしい母ではなかったからでした。

今でいう「ADHD」だったと思います。みんなと同じにできなかったんでしょうね、バカにされ仲間はずれにされるような人でした。そんな母がすごく恥ずかしく、肩身が狭かったです。

また、家事が苦手でした。料理が嫌い、片付けができない。だらしがなくて、すごく嫌でした。

自分のことで精一杯だったんでしょう。自分勝手でわがままで、みんなに迷惑をかける人だと嫌悪していました。憎悪を持っていた、と言っていいでしょう。

物理的にも精神的にも、全く頼りにできないので、自分のことは自分でやらなければならず、普通の子どものように甘えることができませんでした。

母から、愛情を感じませんでした。わたしの一番苦しみは、母に愛されていないことでした(そう思っていました)。

わたしは母に愛されていない、愛されていないから愛を知らない、愛を知らないから誰にも愛されない、だから問題だらけの人生なんだ、と長年苦しみました。

その日記を書いた7年前の2003年に母は亡くなったんですが、その頃には母へ思いは随分と変わり、母を好きになることができるようになっていました。

そんな背景があっての日記です。

『恥ずかしい思い出』という題の日記

私の母は、強烈な個性の人だった。

その個性は、母の姉弟、夫、子ども(私はその中の一人)の人生に 大きな影響を及ぼした。 迷惑をかけられるという、ネガティブな影響だった。

両親の生年月日が必要になり、兄弟に電話したら誰も正確に覚えていなかった。 仕方がないので、大昔にとった戸籍謄本を物置から探すことにした。

結局戸籍謄本は見つからず、でも私の母子手帳が出てきた。 思わぬ収穫。

母子手帳をぱらぱらめくっていると、なんと私の字で、母子手帳の欄外に、 両親の戸籍上の生年月日と本当の生年月日が記入されていた。

早速妹に両親の生年月日を教えると、 「よく母子手帳があったね」とそっちの方に驚かれた。

それで、母子手帳の話から。

母は夜中にお腹が痛くなりトイレに行きたくなって、 そこで初めて妊娠していることがわかり、 その場で妹を生んだそうだ。「だから、私は、母子手帳がないんだよ」と。

はあっ? みたいな。。。 母らしいなあと、大笑い。

母の結婚式の翌朝、それまで普通にしていた父親(私のおじいちゃん)が、亡くなっていた。 そのことは、母の口から聞いたことがない(自分のせいだと思っていたから、言えなかったんだと思う)。

奇遇な巡り合わせ。自分のせいって思って生きていたなんて悲しいよなあ、と思う。

母と言えば、1ヶ月ほど前物置を整理していたら、母からの手紙がいっぱい出てきた。

3通しかもらっていないと思っていたら、結構もらっていた。

早く気持ちを届けたかったのだろう、いつも速達で届いていた。

私が結婚をして子どもを生んだ頃に、頻繁にもらっていた。

どうも私は、結婚したことに対して愚痴をこぼしていたらしい。

それに対する母の叱咤激励で、 子どもを思い、孫を思い、私の夫を思う、親の愛で溢れていた。

便箋の欄外にはみ出すほど、びっしり3枚、私への想いが書かれていた。

私は、母が、母親らしくなくて大嫌いだった。 だいっっっ嫌いだった。

でも手紙の中の母は、意外や意外、 道徳の教科書に出てくるお手本になるような、 「これぞ、日本の母!」100%だった。

母らしくないところが大嫌いだったので、びっっっくりした。

過去に読んだはずなのに、 私はそのときなにを感じていたのだろう?

きっと、愛を感じては、いたはずだ。

でも長い年月を経て、もう一度読み直し、母の愛に衝撃を受けた。

今は、母の愛を、そのまま受けとれる。

私は母が嫌いで、それが原因で自分の様々な問題が発生していると思い悩んでいた頃、友だちに言った。

私「私の母親は変な人だから、嫌いなんだ」

友だち「こんな素敵な美保さんを生んだ人だから、おかあさんは、いい人だよ」

私は、その返ってきた意外な言葉に、その後支えられた。

自分自身への自信と、母に対する信頼を、深層心理の部分で取り戻したような気がする。

私を救ってくれた言葉だ。

なんだか、こんな展開になってしまったけれど、 『母の愛を受けとれていなかった、恥ずかしい思い出』、ということで。

母に対しての不満も、嫌だったことも、事実。

それで、愛されていない、と思っていた。

だけど、愛されていたことが十分わかった、ってことかな。

(最後は中途半端な感じですが、日記はここで終わりです)

この日記を読んで、「過去は変えられる」ことについて書いてみたいと思いました。

物心ついてからずっとわたしを苦しめ続けてきた、「母に愛されていない」過去が、「母に愛されていた」過去に、完全に変わったからです。

過去は変えられる

母に愛されなかったことが、自分を全否定する最大のコンプレックスであり、全ての問題の諸悪の根源だと思っていました。

問題を解決したくて、自分を変える努力をしました。

そのプロセスで、母に愛されていたのではないか?と思うようになりました。母からの手紙が大きなキッカケになりました。

母の手紙を読んで愛されていたことに氣づくと、あのときもそうだったと、過去の母との思い出が蘇ってきました。

過去には氣づかなかった母の愛を、何十年も経って、感じ取ることができるようになったんです。母が亡くなった頃は、80%ぐらい母を受け入れた状態でした。

つまり、過去を変えた、ということです。

過去を変えることによって自分を変えることができ、他の問題も解決していきました。

逆の言い方をすると、問題解決するには過去を変える必要がある、ということになります。

過去を変えるを、過去を書き換える、と言った方がわかりやすいかもしれません。ここからは過去を書き換えると表現します。

過去を書き換えられるということは、心の傷が癒されるということでもあります。

傷が癒されると、自分を変えることができ、人生を変えることができます。

みんな知らずに過去を書き換えていた

過去を書き換える!?と半信半疑のあなたも、実はすでにやっています。

例えばですが、大好きな友達に嫌なことをされたときのことを思い出してみてください。

ムカついて絶交したくなっても、大好きな友達だけに、いい方に考えを変えて許せるようになりませんか?

友達は意地悪な氣持ちで言ったんじゃない、わたしのことを思って言ってくれたんだ、と考え直して、仲直りすることはありませんか?

これが過去を書き換えるです。

例えば、ご両親や兄弟姉妹、恋人に、最初は腹を立てても、よく考えたらそっちの方が正しいと思い直し、問題が解決することはありませんか?過去を書き換えたから、です。

普通に過去を書き換えていることに氣づきましたか?

傷が深いと、書き換える作業は大変です。軽い傷は、書き換えも楽だし早いです。

ポジティブかネガティブか?選択する自由

過去を書き換えるとは、過去に起こった出来事を変えるということではないです。過去に起こった出来事は変えられないですよね。

出来事を変えるのではなく、そこから受け取るものを変えるということです。過去に感じたことを、一度真っ新にして、検証し直します。

そのとき大事なポイントがあります。ネガティブな面ではなく、ポジティブな面にフォーカスすることです。

2元性のこの世界は、物事には必ず、ポジティブな面とネガティブな面があります。

同じ過去でも、自分に意地悪したというネガティブなフォーカスの仕方と、自分のことを思って言ってくれたというポジティブなフォーカスの仕方ができます

わたし達はいつのときでも、どちらへの面にもフォーカスできるんです。どちらも自由に選択できるんです。

ポジティブにフォーカスする方を選ぶと、ポジティブな未来を創ります。ネガティブにフォーカスする方を選ぶと、ネガティブな未来を創ります。

過去は、ネガティブなフォーカスしかできなかったんです。

しかし、それにも、立派な理由があります。なので、ネガティブにフォーカスしたことで自分を責めることは全くありませんし、後悔することもありません。

過去を書き換えればいいだけです。

意識の向ける方向を変える

自分を変えようとして、自分に意識を向けるようになると、
過去には見えなかったものが見えるようになります。

自分に意識を向けるということは、こうなったのは相手に原因があるという視点から、こうなったのは自分に要因がある、という視点に意識を切り換えることです。

意識を、外側から内側に変えることで、初めて過去を書き換えるスイッチが入ります。

過去を書き換えるためには、自分に要因があるという視点が必要不可欠、ということです。

さいごに

なぜ、過去を、ネガティブからポジティブに書き換えるのか?

相手への憎しみや恨みが消えず、許したいけれど許すことができず、そんな自分に苦しんでいませんか。

許せないのは過去がネガティブなままだから、と言えないでしょうか。

過去をポジティブに書き換えることができるということは、傷が癒え、憎しみや恨みから解放され、許せるということです。

苦しみから喜びの人生に変わります。

自分自身を、苦しみから救ってあげたいですね。

円満に豊かに、みんなと喜び合って、楽しく日々を創造したいですね。

わたし達には、それを可能にする力が備わっています。過去を書き換えることができ、望む未来を創ることができるという、誰もが持っている能力です。

開花させるのは、自分自身です。

そのチャレンジは、やり甲斐のある、本質的な喜びをもたらすでしょう。


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