許すとは…人は究極の許しを実践するために生まれてきた!?

許せそうにない人をも【許す】こと…これは、もしかしたら今世の課題かもしれません!

私は、辛い人生を何年も何十年も過ごすうちに、「もしかしたら、この難しくてへこたれそうな無理難題をクリアしに地球に生まれてきたのでは?」と思うようになりました。

そう思えるようになると、『どうしても許せない人たち』が、近くに鎮座していることにも、ものすごーい意味が出てくることに気づきました。

ここまでくると、あとはしめたものです^^気づきは、気づきを産み、私たちを高みに登らせてくれるからです♪

その出来事が繰り返される意味

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あなたの人生の中で許せない人はいますか?それは誰ですか?実の親?配偶者?息子?娘?はたまた近しい友人?その人たちは、どんな許せないことをしたのですか?

私の許せない人は、舅・姑です。ごめんなさい、正直者なので、ついついこういう所でもはっきり言ってしまいます^^;

こんなに直情的で正直すぎる私なので、『いくらなんでも、好きで結婚した夫の親に、面と向かって「あんなにひどいことをした、あなたたちを許さない!」なんて言えない!』と心の中で抱えていた矛盾が、どんどんひずみとなって私の人生を苦しいものにしていました。

スピリチュアルなことを学びだすと、だんだんとわかってくるのですが、自分に巻き起こる出来事が、何度も何度も繰り返されていることに気づくようになってきます。それも、同じような出来事が…です。

その厄介な物事を、他人のせいにしているときは見えないのですが、ひとたび「この同じことの繰り返しはいったい何の学びなのだろう?」と、一歩引いた目で観るようになると、なぜ、そんな出来事が起こったのか?どういう意味があるのか?少しづつわかってくるようになります。

そうです!宇宙は根気よく、私たちが霊的に学ぶべきことを、手を変え(相手を変え)、品を変え(出来事を変え)現実を創りあげているのです。

私の場合は、【許す】ことでした。

地球の法則の中で学んでいること

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この世は、二元性の世界だと言われています。

「嫌なことをされたので、私は被害者です。」という観念は、二元性の世界を表現していることになります。そうすると、「私は被害者なので、相手は加害者です。」となり、【私という被害者】を認識した時点で【加害者という相手】が創られてしまいます。

二元性の世界とは、簡単に言うとこういう世界なのですが、これは、たぶんここでしか学べない大切な法則なのだと思います。

この法則に則って、宇宙的目線で観てみると【被害者】が【加害者】を生み、【許す】という課題が生まれる…(順番が逆の説もあるのですが、そのあたりはまたの機会にゆずります)

はい、ここまでわかったので、次は、いったい私は誰を【許す】ことが必要なのか?突き止めることにしました。

そこで、にっくき人たちに向けていた刃を、いったんさやに納めてみることにします。大きく深呼吸して、湧きあがる感情を丹田に戻してみる…、そんな感覚です。

ここで、ある『方程式』を使うことにしました。

何度も記事で話題にしたことがあるので、詳しくは省きますが、【現実は、私たちが創っている】【現実は、私たちの内側の反映】という方程式です。(私は、スピリチュアル大学の学長から学んだこのことを『宇宙の方程式』と呼ぶことにしました。)

この宇宙の方程式を使うと、今までメビウスの輪に入り、脱出不可能だと思い込んでしまっていた現実にも答えを導き出せるのです。

この方程式に当てはめ、私は、何に対して怒って、何を許せなかったのか?自分に向き直り、自分の前で正座をし、こんこんと自分と対話することにしました。

そうすると、答えはおのずと観えてきます。なぜなら『許せない出来事を創ったのは自分』なのですから…

「えぇ?!この人たちを私が創ったのぉおおおお?!」認めたくない衝撃の事実でした^^;

その事実が観えてくると、おのずと許す相手は…誰だかわかってきましたね^^

自分を【許す】とは?

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さて、許す相手が観えてきました。そう、自分ですね。でも一概に『自分を許す』といっても、どうしていいのかわからないと思います。だって、そんなこと学校でも、親からも習ったことないのですから…

では、これではどうでしょう?!

『怒ってしまった自分を許す』

なんだか、できそうな気がしてきませんか?

私は、ムカついている自分も、怒り狂って相手を許せないでいる自分も、自分の一部だと潔く受け止め、そんな醜い感情を抱いている自分を【許す】ことにしました。するとどうでしょう!今までお腹の中で固く冷たくなっていた、何かが融けて昇華しだしたのです。

『許す対象は、相手ではなく自分だった!』と、心から理解した瞬間でした。

時に、『自分を許す』ことは、相手を許すことよりも簡単なことなのですが、(『相手を許す』ことの方が、とても難解なことなのです。)親からも習ったことがないことに着目するのは、人として苦手なのでしょうか?ここに行きつくには、いくつものハードルがあるかのようです…

でも、私たちは、とうとうここまで辿り着いたのです!ここまでくると、【許し】の効果は、とてつもないパワーとなり、私たちに気づきと現実化の嵐を巻き起こします。

こうなると、あら不思議。あんなに苦しめていた相手とは、ほとんど会わなくなってしまいます。【許す】課題をクリアしたので、問題現実が生成されなくなったのです!会ったとしても、同じ苦しみを味わうことは、ほぼなくなっていることでしょう。

こうやって私たちは、次のクリアすべき課題のあるフィールドへと意識が移っていくようです。

それは、捉えようによっては、課題という名の楽しいミッションかもしれないですね。


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