うつ病克服体験記~うつ病は人生を見直すターニングポイント

うつ病前より幸せを感じる日々が訪れるなんて、信じられますか?

うつ病と診断され、わたしの人生一体どうなる?と不安でいっぱいだった7年前。1年間の通院、その後、自分の心と向き合ってうつ病を克服し、幸せをたっぷり感じる毎日を送っています。

周りの人から、本当にうつ病だったの?と不思議がられて言われる今、「この状態をなんとかしたい」「復職したい」「幸せになりたい」「でも、どうしたらいいのかわからない」そんな前を向こうとしている方のお力になれたらと思い、うつ病の体験やいろいろ試したことなどをお伝えしていきます。

もしうつ病になっていなかったら、わたしは忙しさの中で、大切な人たちとの心の交流を失っていったことでしょう。目の前の出来事をこなしていく毎日の中に、大切な人や物や出来事への感謝という想いが湧くゆとりすらありませんでした。

うつ病は、わたしを見つめている内なるわたしからの「大切なもの(心)を見失っているよ!」という警告だったと思えてなりません。

うつ病克服のプローグ:トラブル続発!どうするの?!わたし

「だるい、眠れない、起きられない、やる気が起きない、人と会いたくない・・・」。

それまで20年間、夫や実家の協力を得ながら、第一線でバリバリと仕事をしてきたと自負していたわたしが、まさかうつ病になるとは思いもしませんでした。

仕事をきちんとこなさなくては!と、早朝から夜遅くまで働き、睡眠が3時間ほどの日々が数か月間続いた頃、職場の職務や人間関係等のトラブル、実家に日中預けていた娘たちのそれぞれの学校での問題浮上、実家の母が倒れる、飼い犬が人を噛む・・・など、その時を狙い撃ちしたかのように、一気に問題が押し寄せました。

ただでさえ忙しい職場なのに、仕事でも家庭でもトラブルだらけ。

さすがに身も心も疲れ果てて仕事をやめようとしたものの、夫や父から「協力は惜しまないから、がんばれ」と励まされ、「がんばろう!」と新年度をスタートさせた矢先、物や用事を忘れたり、記憶ができなかったり、手順を考えることができなくなったり、と、明らかに以前の自分とは違うことに気がつきました。

隣の席の同僚に症状を話したところ、「明日、必ず病院に行くように。仕事のことは何とかするから。」と促されました。

その同僚の奥さんは、以前うつ病を発症しており、その症状とわたしの症状がそっくりだったために、病院の受診を勧めてくれたのです。奥さんは、病院が行くのが遅れたために、症状が長引いてしまっているとのこと。

今から思えば、そんな体験をしている同僚が1か月前に転勤してきて隣にいたことが、奇跡でした。

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受診は、背中をトン!と押してくれた同僚のおかげ

職場で、しかも隣の席にうつ病に詳しい同僚がいたことが、わたしにとっては大きな救いでした。そして、忙しい仕事を休むことなんてできないとかたくなに思っていたわたしに、「病院にすぐに行くように。」と背中を「トン!」と押してくれたことで、受診をすることができました。もし、次の項目を知っていたら、「もしや?」と自分で感じたかもしれませんが。

 <うつ病の診断基準の1つ、WHO(世界保健機関)が作成した「ICD-10」という疾病及び関連保健問題の国際統計分類表より>

1.2週間以上、うつ気分が続いている

2.2週間以上、興味や喜びの気持ちがわかない

3.2週間以上疲れ感が続き、何もやる気が起きない

4.自信喪失している

5.無価値感や罪責感を抱いている

6.自傷行為や自殺などを考えている

7.将来に対して、不安や悲観的な考えばかりが浮かぶ

8.考えがまとまらない、集中できない、決断できない

9.食欲に変化があり、体重が著しく増えたり減ったりした

10.眠れない、すぐに目が覚める、眠った気がしない

わたしがその同僚に話したのは、「だるい」「眠れない」「予定を忘れる」「筋道立てて考えられない」などの症状です。この分類では、3・8・10に当てはまります。今、このチェックをしてみますと、当時のわたしは、6の「自殺などを考える」以外は、程度の差こそあれすべて当てはまっていました。

9の食欲の項目と関連し特化していたのが味覚でした。休職する2か月前、職場で会食があった時に、食べ物の味が全く感じられなかったのです。味がしない食べ物を食べるという経験は、衝撃的なことでした。

おいしさが感じられないので食への興味もなくなり、その頃はかなり痩せていました。ストレスは、脳の神経伝達物質のセロトニンやノルアドレナリンの減少をもたらすために、その影響で味覚障害が起きることがあるようです。

うつ病と認めるのは決して恥ずかしいことではなく、性格などでかかりやすい程度はあれ、現代社会の中で誰がなってもおかしくない病気だと言われています。わたしの場合はうつ病かもしれない、と認めることが回復への一歩を踏み出すことになったと感じています。

精神科に行くこと自体が「恥ずかしい」と感じていたので、そこにも勇気がいりました。そのハードルを越えようとした勇気は、わたしが安心して休めるように仕事を組んでくれた同僚の配慮への感謝の気持ちに応えようという思いと、「眠れる薬を処方してくれる」という願いからでした。

病院では、睡眠導入剤とともにパキシルという「セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)」が処方されました。

ストレスなどが原因で脳内の神経伝達物質であるセロトニンが減少するのを防ぐ薬です。眠れなくなったら飲む薬があるという安心感と、また、数か月の休職を促す診断書が出たことで仕事のことをしばらく考えないですむという脱力感で、眠れるようになりました。眠れる幸せを一番感じたときかもしれません。ただ眠れることが幸せ。こんな体験をしなければ、感じないで過ごしてしまったかも。

仕事のことを考えないことは、当時は、「逃げ」と感じていました。今あの頃の自分に語りかけたい言葉は、「逃げてもいいんだよ」という言葉です。「逃げ」は、「負け」。勝ち負けで判断する世界にいたからこそ、逃げるという表現になっていたのでしょう。

【こぼれ話】

この最初の通院の直前に、母が若年性認知症と診断されました。わたしも記憶ができないという症状があったので、主治医にお願いをして2週間後の2回目の通院時に認知症の検査を受けました。「さくら・でんしゃ・ねこ」というキーワードを暗記するというものが、テストの最初にありました。父からその話を聞いていたので、母の受けたものと同じだ~!と笑ってしまいました。

結果は、年齢よりも記憶力があるとのこと。ストレスがかかっているときの記憶力の低下と、安心な環境での記憶力には差があることを、身を持って体験しました。

 

のんびりすることが苦手!でも、それがお仕事ならば

休職することになったわけですが、忙しさからうつ病になったとも言えるわたしの最大のニガテは、「のんびりすること」だったかもしれません。

いつも忙しく動き回っていることで、充実感を味わっていました。休みの日も、家族で出かけるのが当たり前で、家にいることは少なかった日々でした。忙しくすることに安心感を持っていたわたし。いったいどうしてそう思うようになってしまったのでしょう。

のんびりしていることは社会の役に立っていなくて、忙しくしている自分は役に立っている、と思っていました。また、家にいると家事をしなければならないということからの逃避もありました。主婦としてきちんとしなければという思いと、向かい合わなければいけないですし。

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厚生労働省が5年に一度行っている『労働者健康状況調査』によれば、「仕事や職業生活でストレスを感じている」労働者の割合は、60.9%(2012年)です。

ストレスの内容は、

・人間関係(41.3%)

・仕事の質(33.1%)

・仕事の量(30.3%)

と続きます。他は、会社の将来性や昇進、昇給の問題、定年後の仕事・老後の問題などです。

ストレス反応は、次の3つに分けられます。

・心理面・・・イライラ、不安、気分の落ち込み、興味・関心・やる気の低下など

・身体面・・・頭痛、肩こり、腰痛、胃痛、目の疲れ、動悸や息切れ、食欲不振、便秘や下痢、不眠など。

・行動面・・・飲酒量や喫煙量の増加、仕事等での失敗の増加(忘れる・気が配れないなどによる)など

これらの症状が顕著にみられたり、長い間続くときには、精神科や心療内科に相談した方がよいでしょう。

責任が重い仕事を任された矢先の休職で、期待に応えられなかった、責任を放棄したという罪悪感と自分への無価値観で押しつぶされそうでしたが、数か月は仕事のことを考えなくていいという環境や、「好きなことをしていい。何もしなくてもいい。」と主治医から言われたことがのんびりを許すお墨付きをいただいたようでした。

ストレスから解放され、何よりもうれしかったのは安心して眠れることでした。回復するには、まずはのんびりすることが今わたしにとっては大事な仕事だと言い聞かせて、自分にのんびりすることを許しました。

 

周りの人の理解:ありがたかった言葉は、「今だけだから」

2回目の受診の時は、家族を連れてくるように言われました。心の病には、周りの理解がとても重要。夫が理解者となってくれたおかげで、わたしは、今は何もしなくてもいい、何もしないのが自分の今の仕事と割り切り、のんびりを許すことができました。

職場に対してだけでなく、「家族に申し訳ない」という思いでいっぱいでした。その家族に今の自分の状況を理解してもらえているというのは、大きなことでした。割と自分のことは心にしまっておくタイプでしたが、できるだけ自分の感じていることなどを言葉にするようにしました。

家では、簡単な家事だけはやっていたくらいで、後は何もしていなかったと思います。倒れた母の介護に、と実家に通ってはいたものの、介護の手としてはあまり役には立っていませんでした。それに対して実家の家族は、「今は、心の非常事態。今だけだから。」と信じてくれていたのが伝わってきました。「今だけだから」という言葉は、わたしにその後は大丈夫!と思える勇気をくれました。

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徹底的にのんびりした先にあったのは、「やる気」

当初、主治医からは、「好きなことをしてください。」と言われたのですが、何をするのが好きなのかもわからない状態でした。その頃はとにかく眠くて眠くて、眠りまくりました。

そして、休職して1か月が経つと、「今のわたしの状態を、ブログに書いてみようかな」という気持ちになり、母の介護や心模様をブログという形で発信しはじめました。のんびりすることでエネルギーが補給され、何かをしたくなる・・・そんな感じだったと思います。

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無気力であった状態から出てきた「発信」という形は、後から思えば、「心が喜ぶこと」「心がワクワクすること」の重要なポイントでした。

次に、うつ病を克服し、幸せをたっぷり味わう毎日を送るようになるまでのチャレンジを紹介していきます。

「【体験談】うつ病を治す!~心が軽くなる4つの習慣~」


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