『波瀾万丈』3つの体験から知るこの世の仕組み

『波瀾万丈』はらんばんじょう!思わずそう言ってしまうほど、私の結婚生活はその言葉通り変化が激しく劇的でした。

『波瀾万丈』のイメージは、幸せな平和のイメージとは、ほど遠いものですが、私は、この『波瀾万丈』な体験の中で出会いと新しい発見という奇跡に恵まれたのでした。

私の『波瀾万丈』な結婚~離婚までの体験を見ていただきながら、後に私がここからつかんだものに触れていただけるとうれしいです。

『波瀾万丈』3つの激しい体験

その1・結婚

hiro_no2_1

私の結婚は40歳を過ぎてからの遅い結婚でした。私の夫になった人は奥さんをガンで8年前に亡くし、成人した息子さんが2人いて、1人は結婚して子どもがいましたので、私は結婚と同時に 夫・息子・お嫁さん・孫を持つことになったのです。オマケに犬もいました。

私は、それまでの一人暮らしから一気に家族が増え、『波瀾万丈』な結婚生活の幕開けでした。夫は、兄弟の中でも末っ子で甘えん坊タイプでした。新しく始まったこの結婚生活を私が『波瀾万丈』だと感じたのは、それまで私が育った環境と体験した家族との関係にまったく例がないものだったからです。

私は、初めての体験ばかりの結婚生活の中、当然のように今までの自分の価値観、妻はこうであるべき、母はこうであるべき、お嫁さんとは仲良くして、おばあちゃんは孫にやさしくあるべきというような、ものの考え方に頼るしかありませんでした。

新しい血のつながっていない家族とどうしたらうまくやっていけるのかを考えられるだけ考え、自分の中のありとあらゆる「知識」という引き出しから智恵をしぼりだしながら格闘する日々でした。「どうしたらうまくやっていけるのか?」といつも考えていました。

夫と2人の穏やかな結婚生活のイメージを描いていたはずなのに、フタをあけてみると真逆な現実でした。お盆やお正月は当然、家族みんなと一緒に過ごし、誕生日を家族と一緒に祝い、夫の還暦のお祝い、もう一人の孫の誕生、2番目の息子の結婚式と、とても忙しいものでした。

今思えば人がゆっくりと築いていく結婚生活を、私は「価値観」というマニュアル付きで『波乱万丈』で体験したような感じでした。そして、何より夫と私の価値観が大きく違ったことで私がそれまで信じてきた「価値観」に激震が走りガラガラと崩れていったのでした。

元々、私と夫は、育った環境も両親の考え方も随分違うものでした。そういう意味では、私だけが『波瀾万丈』だったのではなく、夫自身の人生も、私とはタイプの違う『波瀾万丈』だったと言えるでしょう。今思えば、お互い見事に引かれ合ったという感じがします。

私にとっての結婚という体験は、まさに今までの自分の固定観念や習慣を総ざらいに出してみせてくれるものでした。凝縮された濃い体験の連続。まさしく毎日が『波瀾万丈』な結婚生活でした。

その2・夫に殴られる

hiro_no2_2

これは、わかりやすく言うとDV(ドメスティックバイオレンス)という体験になると思います。今、ここでこの体験をDVと表現してしまうと、どうしても私が被害者で殴った夫は加害者だという図式になってしまうので、私は「夫に殴られる」ということだけを通してこの体験を見てみたいと思います。

この体験は、私にとって、とてもとても深いところに響くものでした。『波瀾万丈』の結婚生活のピークポイントでした。

私たち2人には、家もあり家族にも恵まれていましたし、行きたいところに自由に行ける車もありました。ありがたいことに借金もなく日々を支える収入もありましたので 後は2人がこの先何をして楽しく暮らしていくのか?だけでした。

夫が私を殴ったいきさつは、そんなことを考えていたある日、お金にまつわるお互いの考え方の行き違いから、私が「そんなことなら、わざわざ結婚していなくても独身でいた方がいいね!」と強く発した言葉からでした。

私の目の前には、今まで見たことのないような顔色と目つきの夫がいて、私の顔をめがけて夫のカタイ手が飛んできた時のことは、今でもあまりハッキリ思い出せないほど怖い体験でした。何が起こっているのかわからなくて、頭がまっしろになりました。

奥さんをガンで亡くしその悲しみを抱え一人で生きてきた夫が、8年目にして再婚した相手から「別れ」をにおわせるような言葉と行動を見せられることは、我慢の限界を超えることだったようです。

私は、この「夫に殴られる」という現実を体験しているまさにその時、スピリチュアル大学で「目の前にいる相手は自分の鏡である」という学びの真っ最中でした。殴る夫=私???私にはとても受け容れられない恐怖心だけが渦巻いていました。

我慢の限界を超えて殴ってしまうという夫の気持ちの中に深い悲しみと孤独感があることに気づき、その深い悲しみと孤独感こそ私の中にも在るものだと知ったのは、この体験からまもなく離婚してしばらくたってからのことでした。

このあまりに激しい体験は、今思うと『波瀾万丈』という言葉も浮かばないくらい真っ暗闇に感じていました。

その3・家出そして離婚

hiro_no2_3

私は、好きで結婚した相手に殴られるという体験をして以来、怖くて怖くてもう2度と殴られるという場面を引き起こしたくないと必死でした。おのずと夫の顔色を以前より極度に気にするようになりました。殴られるという体験は結婚して2年目くらいに起こったことでしたが、あまりの恐怖心の強さに私は、そのことを自分の両親にはもちろん誰にも言えない苦しさも同時に抱えました。

なぜか「助けて欲しい」ということができないまま時がたっていきました。今まで感じたことのない「恐怖」は、足が一歩も踏み出せない体験でした。夫は、私が夫の言う通りにしていて、逆らうことがなければ怒ることもありませんでしたので、楽しいと思うことや笑うことが一切ないという暮らしではありませんでした。

しかし「夫を怒らせないようにしなければ」という気持ちは、ありのままの私の気持ちをガマンすることでもあり、「ガマン」はそう長くは続きませんでした。ある日、私が友人に今まで溜めていた想いを堰をきったように話したことをキッカケに夫と私の関係が一発触発の様相を見せるようになりました。

夫が出かけたスキに、私は両手に大きな紙袋を2つ握りしめ、「もう2度と帰らない!」という決意で、約6年間夫と過ごした家を出ました。家出でした。そして3ヶ月後奇跡的に離婚が成立しました。

恐怖心を越えて 自分の足で一歩踏み出すという体験でもありました。こうしていよいよ、『波瀾万丈』な結婚生活も終盤をむかえることになりました。

『波瀾万丈』な体験から知るこの世の仕組み

hiro_no2_4

この世は「二元性」だということを聞いたことがありますか?「二元性」というのは、光と闇・男と女・善と悪のように相反するものがセットになっている状態のことです。ここまで私が書いたことは、まさにその体験でした。

私は心から「幸せ」になることを望んで結婚を選択しました。それなのに、繰り広げられた目の前の結婚生活は『波瀾万丈』そのもので「幸せ」とは真逆の現実でした。これこそ、この世の「二元性」の仕組みの体験でした。

私は、この『波瀾万丈』な結婚生活から人は「体験」を通して初めて「学ぶ」ことができるという言葉の意味もしっかりと腑に落とすことができました。この「二元性」の仕組みに気づきそれを理解することは、自分を大切に生きていく上でとても重要なことなのです。

この仕組みを理解することで、人生に翻弄されることなく、望む人生を一歩一歩確実に歩んでいくことも可能になります。私は、この地球で体験することすべてが「二元性」であることを知ったのはスピリチュアル大学に入ってからでした。今まで誰も教えてくれないことでした。

そして、何よりすごいことは、この「二元性」を体験することで初めて、私は、今まで心の奥深くに閉じ込め、しっかりと鍵をかけていた『感情』の扉を自らで開いたことでした。私のもっとも感じたくないネガティブな悲しさ・さびしさ、そしていい知れぬ無力感は「怒り」という感情の奥に潜んでいることもわかりました。

私は、自分自身のことを夫と違って「怒らない」タイプだと思っていました。ところが、それは、言い方を変えれば「怒れない」「怒りに鈍感」なだけだったようです。『波瀾万丈』の激しい体験の中ではとても認めることができなかった「目の前にいる相手は自分の鏡である」ということも、離婚後落ち着いたときに深く納得できました。

まさしく目の前の夫が「殴る」という行為で見せてくれた「怒り」は私自身のものだったということは、体験した私にしか味わえない究極の贈り物でした。「インナーチャイルド」という私の中の癒されていない傷を抱えた存在との出会いもこの『波瀾万丈』な体験のおかげでした。

ネガティブな感情をポジティブな感情と差別することなく受け容れ、浄化していく糧にすることは、人生をこれまでと違った見方でとらえることを可能にし、より毎日の一コマ一コマを楽しむことができるようになります。最後まで読んでいただきありがとうございます。共に新しい一歩を踏み出せる幸せに心から感謝します。


SNSでもご購読できます。