本当の優しさを知り、近づきたい人へ贈る3つの質問と提案

優しさと聞くとどんなイメージが頭の中に出てくるでしょう?または優しい人と聞かれた方が分かりやすかもしれませんね。

どちらにしても、優しさに対するイメージってふんわり柔らかだったり、上品で優雅な感じがしたり、思いやり深いとか健気であるとか(もっといろいろあるかと思いますが)そんな感じを思い浮かべることが多いと思います。

行動で感じる時と言えば、席をスマートに譲れたり出来る人とか、困っている人に声を掛けられる人などでしょうか。

私の息子は知的な障害を持っているので(かなり重度の障害を持っていますが楽しい毎日を送っているので、そこはご心配なく♪)子育てを始めてから人の優しさに触れては感動したり、冷たい目線に我慢をしたり申し訳なさを感じたりしていました。

子育て中も(今も現在進行形ですけれど)本当の優しさってなんだろう?と時々考え込むことが多い中、少しづつ見えてきたように思えることをシェアしたいと思います。実は優しさって強さも含んでいるんですよね~としみじみ思うこの頃です。


1.本当の優しさとは何でしょうか?

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案外、優しい振りというのはちょっとの間だけならできてしまうものだと思いませんか?この「振り」というのが結構曲者だと感じるところなのですが、優しい振りというものが優しさとして通っていることが案外多いものです。

私の体験からお話しすると、障害のある息子と一緒に外出して好奇の眼差しで見られることや目をそらされることはあっても、初対面で話しかけられることはほぼ皆無に等しいです。

訳の分からない状態の子を目の前にしたらそう感じるのも無理はないと思いますし、実際私が逆の立場だったら。知識もなく周りにもそんな存在がいなかったらそうなるな、とは理解できます。

知らないという事は案外損をしていると思う事もしばしば。そんな風に感じられるようになったのは息子のお蔭でもあるので私にとってはとてもありがたい存在です。

知らないことを知ろうとする努力(という表現はちょっと大げさかもしれませんが)はとっても大切だと感じています。

確かに自分に危険を感じるような場合には、まず自分を大切にすることは重要な事です。ここは曲げてはいけないところだと思っています。

ただ、親切にすることに対しても躊躇してしまう自分っていませんか?

あの時こうしておけば良かった。そんな後悔をしたことはないでしょうか。大抵の人は(私も含めて)していることが多いものです。

1歩踏み出す勇気がなかったために後悔することになったのですよね。ではなぜその1歩の勇気が出せなかったのでしょう。

恐らく、無知からくるものが1つの要因。そして他人の視線を気にしすぎることが2つ目の要因として私はあげられると思います。

人が人に手を差し伸べる時、瞬時にいろいろ考えてしまっているものです。私で役に立つのだろうかとか、こうしている自分は周りからどう見えるだろう?なんていういわゆる計算や、偽善者ぶった仮面が存在していることを発見していることもあるかもしれませんね。

でも!

助けられるほうって案外気がついてしまうものなのです。ほんの少しだけどタイムラグが生じていることで気づいてしまうんですよ。

「あ、本心(真心ともいえるかな?)からじゃないかもしれないな」

そんな感覚を覚えてしまうことが結構あります。自分でも反対の立場の時に偽善を感じる時あるのでよくわかります(^-^;)

心からの行動って、考えなくてもすっと出てくるものなんですよね。人が人を助けたいと思える時、何の躊躇もなく「大丈夫ですか?」この一言だけでもすんなり言えてしまうものなのです。

先日の事ですが、止まっている自転車が突然倒れる音がしたので、交差点を息子と渡っている最中なのに私、振り返って「大丈夫ですかー?」って言っている自分に驚きました(笑)お怪我もなく無事で「大丈夫でーす」の一言にほっとしました。

でも、交差点の中で振り返るって・・・危険でしょう!って自分に突っ込みいれましたけど、そこは周りを見て車が来ないことを確認してます。息子と一緒だと途端に視野が広がる自分がいることには以前から気づいていましたが、これほどだったか!と再確認できました。

とっさに出た一言だったのですが、そうなれるようになったんだな~って自分でも嬉しく感じました。

多分、今までそうしてくれた人がいて、それを自分に取り入れていった成果が今回出たのだと思っています。私が声を掛けてもらえた方も起こった直後に自然と口から心配の声が出た感じでした。

そこにはその人らしい優しさが声や表情に乗って相手に伝わってくるものなのだと思うのです。言った方も、言われた方もとても気持ちの良い瞬間になっていることは間違いありません。

2.自分らしくあることに胸を張れていますか?

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上の項目でも少し触れましたが、他人の視線を気にする人って多いように思います。私の場合、障害のある息子のお蔭でこれはだいぶ鍛えられました。(かなり強制的にですけれどね)

他人と違っていることは、実は何も恥じることはないんですよね。その人らしさを醸し出すものとして堂々としていればいいことなのです。

でも、周りと一緒でなければいけないと普通ではないという風潮もあるのも確かです。そこから外れると白い眼で見られることもありますね。

どちらを選んでも私はいいと思います。自分の人生ですからね。ただ、後悔はしていただきたくないという前提で選択していただけたらいいのではないかなと思います。

私の場合、ちょっと特殊な子を授かったので周りに合わせるのは無理がありましたし、自分の性格上ずっと猫を被れないので(笑)自分自身に正直に生きようって思うことが早かったかもしれません。

それでも自分と向き合って、そこに行きつくまでは大変でした。スピ大という場所で学べたから(いえ、これもきっと自分で選んでいることですけれど)やっと素の自分自身でいられるような今があるのかもしれません。

これを読んでくださっているあなたも、きっと何かしら大変な思いをされているかもしれませんね。

そこからどうしたら抜け出せるのでしょうか?

私から言える言葉をお伝えするならば。

自分自身を大切にしてください。そして、どういう自分でいることが1番の自分らしさで生きられるか、納得いく自分でいられるか、優しさを見出せるのかをじっくり考えてみてください。

何よりも、自分らしく生きられることに胸を張れているかどうかということについて振り返りをしてみてください。

もしも出来ていなかったら、あなたが変われるチャンスの時かもしれませんよ?

3.何が起きたとしても、満足できる自分でいられるでしょうか?

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優しさというのは、自分がまず満足している状態でないとただの押しつけになりかねないと感じます。

押しつけの優しさなんて誰だって要らないですよね?

反対に見たら、押しつけの優しさを他人に与えてはいけないという事です。なので、自分自身のメンテナンスをしっかりとすることは重要な事なのです。

メンテナンスなんて言葉を使うと機械のように感じますが、自分の好きなことを大切にすることだったり、自分の内面を磨くことだったり、素直な自分を感じることだったりすることです。後は健康でいることでしょうかね。

自分に起きた哀しい過去を自分自身で癒すことだってとっても大切なプロセスだと思います。それは自分だけでなく他人にも優しくなれるとても大切なあなたの宝になると思いますから。

もちろん、幸せを存分に実感することも大切でしょう♡どんなことにでも幸せを見つけて自分に取り入れることは自分自身の心の余裕を持たせてくれるものだからです。

まずは自分が満たされている感覚がなければ、相手に渡せるものなどありませんものね。

まとめ

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40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持てとよく言われますが、顔つきに現れるものは本当に大きいものだと思います。

にじみ出るものが素敵なものであるように、そしてそれを周りに広げられるように一緒に成長出来たらいいですね。


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