自分を認める・許す・受け入れる・愛する・4つの自分全肯定

自分を認める・自分を許す・自分を受け入れる・自分を愛する。

自分を全肯定できたら、もう、ここ(この人生)にいる必要がないかもしれません。

それだけ、自分を全肯定するということは、なかなか大変なことだと思います。

自分を認めたいのに、自分を認められない。自分が大嫌いだけれど、自分が大好き。

わたしたちは、このように、矛盾を抱えていると思いませんか?

一筋縄ではいきそうにない複雑な自分自身と、日々つき合っているんですから、ときには疲れますね。

といいながらも、わたしたちは、自分に一番興味があると思いませんか?

自分のことが、一番おもしろいと思いませんか?

これから、自分全肯定の旅を一緒にしませんか?

自分全肯定して、愛の充電をしませんか?

e09c797b0e64192dc516b5a1b5be09cb_m

二重人格者は自然

わたしたちは矛盾している、と書きました。ほんとうにそう思いませんか?

自分は駄目な人間だと思いながら、自分は他の誰よりも素晴らしい、なんて自惚れたりもします。矛盾しているけれど、どっちも自分だったりします。

そんな相反する自分が、自分の中にいます。

わたしたちは、二重人格者ということを嫌います。でも、どうでしょう?元々わたしたちは二重人格者である、と言えるように思います。

よく、ネガティブ、ポジティブという言い方をしますが、自分の中に、ネガティブもポジティブもあります。これも二重人格者と同じようなもの、と思います。

対立する2つは元々1つだったことを思い出すため

わたしたちは、ネガティブな面を嫌います。ポジティブな面を好みます。

いい悪い、正義と悪、という分け方をする習性があります。2つに分け、対立させたがります。

綺麗、汚い。美しい、醜い。汚いこと、醜いことを嫌います。

嫌いますが、自分の中に汚いこと、醜いことがあることを知っています。でも、知らないふりをしたがります。自分にはそんなのない、と思いたがります。

でも、あることを知っているので、あることに苦しみます。自分を責めたりします。自分をなじったりします。

なんで、いい悪いと分けるようになったんでしょう。

それは、いい悪いはないということを知るため、思い出すためではないでしょうか。

綺麗、汚い、美しい、醜いもそうです。綺麗、汚いはない、ということを思い出すために、あれほどまでに汚いことを嫌がるのでしょう。

f382c156ea28d10af2618aec34739f16_m

すでに完璧・完全・満ち足りている・愛されている

わたしたちは、すでに完璧・完全だ、と言われます。でも、実際わたしたちは、不完全だと思い、完全を追い求めます。

不完全であること、完璧でないことに苦しみます。

すでに完璧だということ、受け入れることができたら、どうなるでしょう。

愛もそうですね。すでにわたしたちは愛されている、いつも愛されているそうです。だけれど、愛されたい、認められたいと、渇望し求めてやみません。

愛されていない、認められていないと思うことは、とても辛く苦しいことです。

愛されている、認められていると思えたら、どんなに平和で、穏やかで、喜びに満ちあふれ、うれしいことでしょう。

愛されていると思うか、愛されてないと思うか、ただ自分が選ぶだけだとしたら?自分がいつでも決められることだとしたら?

わたしは迷わず、認められている、愛されていることを選びます。

いえ、選ぶことさえ不要です、と言うかもしれません。

だって、いつでもそうだから♪と小鳥が歌うように、笑顔で言うでしょう。

わたしだけでなく、あなたも、あなたも、あたなも、みんな、そう♩

醜くたっていい、汚くたっていい、自然にそう言えるようになるときがくるでしょう。今はまだ言えなくても、、、。

そう言えるようになったとき、綺麗も汚いも、美しいも醜いもなくなり、その意味さえなくなっているかもしれません。

わたしたちが本来の自分自身を思い出すため、そのことが存在していただけ、という感覚になっているかもしれません。

c3227b9bf84e7d8412a6df05dc483527_m

ありのまま・そのままを許し愛す

自分が自分を、ありのままの自分を、100%肯定できたら、どんなにかうれしいでしょう。

誰がうれしいって、自分がうれしい。

うれしいことを知っているのに、知っていてもまだ、100%肯定ません。だけれど、100%に向かっている、と自信を持って言えます。

そのことに、自分自身が、一番救われます。

数えきれないほどの過去世の体験。悠久の旅の疲れも一瞬で消えます。

100%肯定できたとき、すべてがひっくり返るようなことが 起きるかもしれません。

全肯定に向かっている

わたしはまだ100%肯定出来ていないけれど、自分を全肯定できたらいいな、と望んでいます。

ありのままの自分を許して、認めて、受け入れて、愛することができたら最高だな、と思っています。

自分を全肯定できたら、わたし以外の人も全肯定できる。

それも、とてもうれしいし、想像するだけでしあわせになれる。

それだけ、わたし自身も、他の人も、自分や他人を肯定できないで苦しんできたから。もう、苦しみたくない。

完璧・完全な愛で満たされている

すでにわたしたちは、完全・完璧な愛で満たされている、ことを信じられるようになりたい。

わたしたちは、ほんとうは、いつも満たされている。

そんな世界に住人で在りたい。

癒そう

まだ癒されていなわたしがいる。癒してあげよう。自分で癒してあげることができる。わたしが癒されたら、きっと、あの子も癒される。

137a5575aca00b8a78d354c22f8af0ba_m

真の希望

わたしは、わたしを、認めたい。

わたしは、わたしを、許したい。

わたしは、わたしを、受け入れたい。

わたしは、わたしを、愛したい。

いえ、ほんとうはすでに、わたしはわたしを認めているし、許しているし、受け入れているし、愛してる。

すでに、もう、そうなのだ。

そのことを、いつも忘れてしまうだけ。

大丈夫!

いつでも、どっちの自分を選ぶ?と自分に聞けばいい。

さいごに

最近、一番と言っていいほど意識していることがあります。まさに、自分を認めることです。

どんな自分もありのまま、そのままに、認め愛す。

ほんとうに、そのことをやりたいと思っています。

わたし以外の人も、わたしと同じように、ありのままそのままを、認め受け入れ愛したい。

それはイコール、自分を認め受け入れ愛すること。

本来の自分自身に戻る旅を続けよう。


SNSでもご購読できます。