卑下したりダメな人間と自分をいじめるのはもうやーめた!

自分は劣っていると卑下したり、自分はなにもできないダメな人間だと、ずっと自分をいじめていませんか?卑屈になったり、貶めていませんか?

もう、自分を傷つけるのはやめましょう。ちっともいいことありません。

わたしは筋金入りの自己卑下タイプでした。

人より劣っていると思っているので自信がなく、いつも人の顔色をうかがってオドオドしていました。自分を抑え、目立たぬよう人の後ろに隠れていました。話があると言われると瞬時に、ダメ出しをされるんじゃないかと思いました。褒められるなんて想像すらできませんでした。

そんな人生ぜんぜん楽しくなかったし、そんな自分がほとほと嫌になりました。

あなたは自己卑下することにうんざりしていませんか?
自己卑下人生に飽き飽きしていませんか?

自己卑下から抜け出す、根本から解決する簡単でパワフルな方法をご紹介します。

わたし自身この方法で、憑き物が落ちたように自己卑下から抜け出し、自信を取り戻すことができました。失敗を恐れることも、出来ないことを恥じることもなく、自分らしく伸び伸びと生き始めています。

自己卑下するか?傲慢になるか?

人は自己卑下するか傲慢になるか、どちらかのタイプに分かれると思いませんか?

自己卑下タイプは自分に自信がなく人より劣っていると萎縮し、自分を人より下に置き安心します。

傲慢タイプは自分に自信があり、人より優れていると高慢になり、自分を人より上に置き満足します。

あなたは、どうして自己卑下タイプになったのでしょう?

自己卑下するようになった考え方があったはずです。

それは「世の中の常識とか価値観による優劣に従って生きる」という考え方です。

わたしたちは小さい頃からこの考え方で育ちます。そして常に自分は人より劣っているか?優れているか?を計り、自己卑下するか?傲慢になるか?に分かれます。

この考え方が当たり前の世の中で育ったので、自己卑下したり傲慢になるのは、ある意味当然だったと言えるでしょう。

また、自己卑下タイプであっても、相手によって傲慢になることもありますし、傲慢タイプも同様、相手によって自己卑下することもあります。

この考え方に鍵があります。この世の中の常識である優劣に対する考え方を変えるだけで、簡単に自己卑下から抜け出せます。

わたしの自己卑下

どうしたら自己卑下から抜け出せる?の前に、わたし自身の自己卑下を聞いてください。

わたしには自己卑下する材料がいっぱいありました。

貧乏、学歴のない親、両親不仲、父酒乱、母変人、わたしブス。結婚したら駄目夫で挙句の果てに家庭内別居。子どもは「障害」を持っている。同居の義母と不仲。

「障害」を持った子どもがいるから自己卑下したわけではないですが、世間から下に見られるという体験をしました。

よくもまあこんなに自己卑下する材料が揃ったもんだと思います。当然、自己卑下直行!です。自分を卑下するのは大得意でした。

ここから先は、わたしの自己卑下材料をまとめて「貧乏やブス」と表現します。

わたしは、自己卑下するに値する自分の人生を嘆きました。貧乏やブスの自己卑下材料を恨みました。運命を呪うと言ってもいいかもしれません。

しかしわたしは、野心があり向上心旺盛でした。不運をバネにして人生を切り拓くタイプでした。

ところが、自分を卑下することだけはどうしても変えられませんでした。

今ならその理由がわかります。考え方を変えていなかったので、自己卑下のループから抜け出せなかったんです。

自分を変える方法を学ぶ『スピリチャル大学』に出会い、そこで自己卑下から抜け出す新しい考え方を知りました。

今までの考え方

「世の中の常識とか価値観による優劣に従って生きる」という考え方が、今までの考え方です。

その今までの考え方は、みなさんもご存知の通り、お金持ちが上で貧乏が下でした。学歴のある人が上で学歴のない人が下でした。美人が上でブスが下でした。「健常者」が上で「障害者」が下でした。

ここからが重要なところですが、その今までの考え方は、貧乏やブスという自己卑下の材料とわたし自身が一体でした。貧乏やブスがわたし自身そのものであるということです。わかりやすく表現すると、貧乏やブスなのはわたしのせいだ、ということです。

なので、そういう自分が恥ずかしいと思うし、自分は人より劣っていると自己卑下します。ネガティブが生きる基本姿勢のようなものです。それでは人生がうまくいかないことは、容易に想像がつくと思います。

これが今までの考え方で、自己卑下から脱出するのはこの考え方を変えようということなんです。

新しい考え方とは

新しい考え方は、今までの考え方とまったく異なります。

「この世の仕組み」という言葉を聞いたことはありませんか?この世のすべての物事が成り立っている仕組みです。「宇宙のすべてに関わる基本原理」という言い方もあります。

新しい視点は、この世の仕組みから観た考え方です。

それは、「貧乏やブスとわたし自身は一体ではない」という考え方です。今までの考え方とは逆です。

貧乏やブスを材料と考えます。貧乏やブスは自己卑下する材料であって、わたし自身とは無関係である。ただの設定に過ぎないということです。貧乏やブスとわたしは別物であるということです。

「貧乏とブス」は、今生この世に生まれてくるときにわたしが、「こういう材料を設定して成長しよう」と自らが選んできた設定だったんです。

わたしたちは、生まれてくる日、自分の名前、どの両親の元に生まれてくるかを事細かに自分で決めてくるそうです。人生の青写真とも言われています。

わたしたちは大金持ちでも超美人でも自由に好きなように設定できるんです。つまり、本来のわたしは、貧乏でブスなわたしではない、金持ちでも美人でもないということなんです。

貧乏やブスはわたしの成長のために自らが選び設定してきた材料です。貧乏やブスはわたし自身ではない、ということが新しい考え方です。

新しい考え方になると自己卑下できなくなる

今までの考え方で生きていたときは、貧乏やブスがわたし自身だと思い込んでいました。そして、優劣の視点からみてわたしは人より劣ると自己卑下しました。

ところが新しい考え方は、貧乏やブスは自分ではないので、自己卑下する必要がないんです。自己卑下できないんです。

ですから、今までの考え方から新しい考え方に変えれば、簡単に自己卑下から抜け出せるという仕組みなんです。

人と比較することをやめる

新しい考え方に変えるときに重要なことがあります。

人と比較することをやめる、ということです。

自己卑下から抜け出すには、人と比較することをやめる必要があります。なぜなら、人と比較するということは、自ずと優劣をつけることになるからです。劣っている人と優れている人に分けることになってしまうからです。

人と比べていると結局自己卑下から抜け出せないということになります。

総理大臣だろうとホームレスだろうと、自分の成長のために選んだ材料であり設定に過ぎません。人と比較して優劣を決めること自体がナンセンスなんです。

自己卑下することで自分を守っていた

実は、自己卑下することで自分を守っていました。

自己卑下することで成長することを怠けることができました。

わたしたちは、草木が自然に成長するように、成長したいという欲求、本能を持つ生き物です。常に、今の自分より成長したいと思っています。自分を変え続けようとします。

しかし、自分を変えたい思いながら、実は自分を変えたくないと思っている自分がいる、ということが実はよく起こります。

自己卑下は、自分を変えたくないときの強力なサポーターになります。こんな自分だからわたしは成長できないんだと、成長することを怠ける自分を、自己卑下のせいにすり替えることができるんです。成長することを怠ける自分を正当化できるんです。

今までの考え方は、自分の人生が上手くいかないことを貧乏やブスのせいにできました。自分の人生の責任を取らなくてよかったんです。それは、自分の人生を他人任せにすることを受け入れていたということです。自由がないと嘆きながら、自由を放棄していたんです。それは、実は、楽でした。

自己卑下することで、うま味も味わっていたんです。

成長したい!自己卑下する自分を変えたい!と悩む一方で、自分を変えたくない!ということが起こっていました。矛盾していますが、そういう矛盾をわたしたちは無意識にやっています。

この矛盾が自分の中で起こっていることを自覚していると、今自分は成長したいのか?怠けたいのか?他人に自分の人生を任せていいのか?それは嫌なのか?意識的に自分の人生を選べるようになります。

自己責任を取って生きるということは、自分の人生を自分で決めて自由に生きるということです。自由を求めてやまないわたしたち人類にとって、新しい考え方は今まで味わったことのない極上のうま味と言えます。

自己卑下すると自己卑下される現実が起こる

わたしが自己卑下していると、人もわたしを下に見ます。自分が自分を下に見ているからです。

自分が自分を下に見るのをやめたら、おもしろいもので貧乏であろうとブスであろうと、そのことで下に見られることはなくなります。

引き寄せの法則というこの世の仕組みによって、自分自身が自己卑下していないので、自己卑下する現実を引きよせる必要がなく、自己卑下する現実が起こらなくなるんです。

下に見られたかったらどうぞ自己卑下をおやんなさい!ということです。

まとめ

自己卑下から抜け出す方法は、優劣に対する考え方を今までの考え方から新しい考え方に変えるということでした。

貧乏やブスはわたし自身ではない、わたしとは切り離されたもので、ただの設定であることがわかりました。

総理大臣にも超美人にも自由に設定できるのに、今生自分が成長するために一番最適な貧乏やブスを設定をしてきただけでした。自分が貧乏でブスではなかったんです。

そして、自己卑下すること自体がナンセンス!であることに氣がつきました。

どうでしょう?考え方変わりましたか?
自己卑下から抜け出せそうですか?

貧乏でもブスでもなんら恥じることはないんです。人より上だの下だのまったく不要な考えです。

「わたしは今生、もっと成長するために、貧乏とブスという最高の材料を設定してきました!私の設定はどうですか?勇氣があると思いませんか!?」と堂々と自慢してください。そしてその設定で成長することをどうぞ楽しんでください。

自己卑下から抜け出すと、当然あなたの人生は変わります。解放感に満ちあふれ、伸び伸びと自分らしく、日々生きる喜びを感じ、自分が心から望む人生を歩き始めます。

生きることが楽しくなってくるので楽しくなってきます。楽しい氣持ちは楽しい現実を引き寄せます。いいこと尽くめ!です。

自己卑下はあなたの人生に永久に出番なし!

自己卑下から抜け出して、子どものように無邪氣に人生を楽しむあなたを取り戻してください。


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