『生きる意味』への一つの提案

  • 2022年11月3日
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『生きる意味』って何?

そもそも『生きる』ってなんだろう?私自身とっても悩んだことがありました。

現在元気に過ごす中で、生きる意味をお伝えしたいと思った矢先、まさかの自分にとってもよくわからなくなってしまうというハプニング(笑)

そのお陰で、そもそも『生きる意味』というものが必要なんだろうか?ということに辿り着きました。

生きる意味が分からなくて辛いなら、意味を考えること自体を手放してみませんか?

これはあくまでも一つの提案です!

1.意味付けをしない選択もある

 

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意味をつけようとするから苦しくなるということがあると思います。いいんだよ、そのままでと言いながらも、何かしら意味を見出そうとする。

これ、私の場合は自分の癖、思考パターンなのだと気づきました。

そもそも『生きる意味』っていうことに意味付けする必要なんて、全くないんではないか!

と、枠が外れた瞬間ふっと軽くなって、羽が開いたみたいな感覚になり、ふわぁ〜とすこし浮かび上がるような感覚(←あくまでも私の感覚で、妄想ともいいます!!)になりました。

そしてこれを今書いている。ですのでこの記事は産地直送便みたいなものです(笑)

あれこれ、生きる意味はこうだと考えるから、余計に混乱し、わかなくなる!これはここ一ヶ月ほどの私の実体験です。

2.悩んだからこその出会い

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私が生きることが辛かったとき、生きている意味がわからなくて、真っ暗闇で膝を抱え、一歩も歩けずうずくまり、固まっていたときがありました。

今の私はそこから開放され「私生きていていいんだ」って思えています。

どうしてそうなれたの?と聞かれたら、私が何をしたというより先に『一つの出逢いのお陰』が、一番大切なことでした。

苦しくて生きていることが辛いそんなある日、天から蜘蛛の糸が下りてきた、ということだったのでしょうか。

実は、あのころは天からの蜘蛛の糸とは考えたこともなかったですが(笑)

いつもならどうせ無理・・と諦める私が、あの時だけは必死だった。今思おうと凄く不思議なことです。

そのお陰で、自分が自分を知ることから始まり、それ以来「自分の内側と常に向き合い続ける」こと、これが今の私の生きることでの土台になって私は在ります。

3.捉え方を変えてみる

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もしも、どうしても生きる意味がないとどうしていいのかわからない、辛くてどうしょうもないと時、それは『幸せへのチャンス!!』だと捉えてみてください。

とても辛い時にチャンスだって言われても、思えるか!と感じるかもしれません。

ですが、大きなジャンプをする前に一旦思い切り低くなる、夜明け前が一番暗い、それと同じなのです。

そして、もしどうしても自分の生きる意味を知りたいなら、自分自身でそれを見出すことが『生きる意味』かもしれない、と私は思います。

今のこの瞬間を、まるで大海原を楽しく泳ぐイルカやクジラのように、自由に泳ぐことをイメージすることもできるのです。

何を選択するかは常に在り、選択するのは自分自身なんです。

☆追記

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さて、ここでひとつ大切だと思うことがあります。

生きる意味を考えるなかで、落ち込みが酷く、食欲も無い、眠れない、自殺願望がある。。など、そんなことがあるかもしれないですね。これは私も経験しているから、辛さはその本人しかわからないです。

この場合、もしかしたら『うつ』の症状ということもあるかもしれません。

この自分軸HPには『うつ』のことについて、詳しく書いてくれているページがあります。是非是非、そちらもお読みいただけたらと思います。

あなたを癒すことができるのは、あなただけです。あなたの心にほんのわずかでも光が射したら幸いです。

心からの感謝をこめて。


望む人生の作り方を読む



日本メンタルコンサルティング協会®︎
認定メンタルコンサルタント
若山 ゆかり


この世界は自分が生まれる前に設定してきた体験場で、課題をクリアしていくことでいくらでも好転させることができる。このことを学び、身につけた新しい自分軸が今の私を支えてくれています。

それを知るまでは、幼少期からの生き辛さに始まり「自分には価値が無い」「早くこの世から消えたい」と現実を恨み、自暴自棄の中を抜け出せずにいたのです。 そんな私が変われたのは日本メンタルコンサルティング協会®︎理事長を務める学長との出会いからです。

「現実は自分の意識が作り出している」という量子力学でも常識となったこの考え方を私の現実の事例に落とし込み、何度もわかりやすく実践解説してもらえたのです。

あなたを幸せにできるのは「あなた」だけ。

学長の言葉を胸に刻み、手にした「小さな幸せ」と「確かな手応え」の繰り返しが、自信の芽を育んでいきました。

これまでの私がそうであったように、まだ知らない自分に対峙して、望む人生へと一緒に歩み始めてみませんか?