「人は人、自分は自分」笑えないときは笑わなくていいんだよ

こんな場面を想像してみてください。

数名の友人とおしゃべりをしていました。ある人の話に、みんながどっと笑いました。自分は全然おもしろくなく、笑えませんでした。

そんなとき、どうしますか?

みんなに合わせておもしろいふりをして笑いますか?
笑えないのでやっぱり笑わないですか?

わたしは、今までは、笑うふりをしていました。でも、ここ最近、笑えなかったら笑わなくていい、「人は人、自分は自分」でいいんじゃないか、と思えるようになりました。

「人に合わせて生きる」ことに、長い間がんじがらめに縛られていたので、笑うふりをやめるのは勇氣がいります。

和を乱すことへの恐れがあるし、和から自分が外れるような氣がするし、暗い人と思われそうだし、心を閉じているって思われそうだし・・・今までは、そう思われるのが嫌でした。そう思われて、嫌われることが恐かったんです。

しかし!ほんのちょっと勇氣を出して、「笑わない」自分を選び、やってみました。これが、心地よかったんです。自分にやさしくなれた氣がして、それが一番うれしかったです。

「人にどう思われるか」、「人に合わせて」生きているときは得られなかった、晴れやかな喜びでした。

「人に合わせる」ことに疑問を持っていたり、不快に感じていたら、そのぐるぐるスパイラルから、こんなふうにして、抜け出しませんか?

究極の自己救済

葛藤や悩み、心が重くなったとき。

それは、人と自分を比べているから、起こっていませんか?

人と自分を比べていると、問題が起こりませんか?

ところが、「人は人、自分は自分」でいいんだと、心底から思えた瞬間に、問題が解決しませんか?

「自分は自分」と、人と比べることをやめると、苦しみから自分が救われませんか?

一時しのぎの救済と真の救済

一時しのぎの救済と、真の救済、があります。

一時しのぎの救済は、「人に合わせて」生きている状態で起こります。人に褒められたり、認められることで、心が満足し、問題が解決したと錯覚し、一時的に問題から逃れることです。

真の救済は、「人は人、自分は自分」にいる、というだけで、救済されてしまいます。「人は人、自分は自分」でいると、人と比べることがなくなります。比べる相手がいなくなるので、人と比べて、自分を責めたり、落ち込んだりが、逆に、できなくなります。

常に、わたしたちは、揺れています。今自分は「人は人、自分は自分」にいる、と思っているとき、駄目な自分を責めている自分を発見したとします。それは、いつの間にか「人は人、自分は自分」から離れ、「人と比べる」自分に戻ってしまった、ということになります。

そんな自分に氣がついたら、すぐ、「人は人、自分は自分」に戻ればいいんです。

自分を観察する・・・自分との対峙

「人は人、自分は自分」にいるときは、もう一人の「自分」と対峙することになります。「自分対人」から、「自分対自分」に変わります。

「こんな自分では自分に恥ずかしい」「自分に嘘はつけない」と言うことが、自然に出てきます。ということは、もう一人の自分がいる、ということです。自分自が自分をチェックしていると言ったらいいでしょうか。本当に心から望む自分に自分が成長するために、もう一人の「自分」がいて、自分を導く役目をしています。

 

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枯渇しない喜び 枯渇しないしあわせ とは?

「人に合わせる」は枯渇する

「人に合わせて」生きていると、自分のしあわせを、人に決めてもらうことになります。人が愛してくれたから、人が褒めてくれたから、人が認めてくれたから、しあわせだ、ということになります。

そうなると、しあわせを感じるために必要なエネルギーを、人から補給してもらわないといけません。人に愛してもらわないと、しあわせになれません。

みなさん、体験上、すでに氣がついていると思います。そうです。人から補給してもらったエネルギーは、時間が経つと、だ段々薄まり、消えてしまいます。

そうすると、また、人からエネルギーを補給してもらう必要が出てきます。ということで、「人に合わせて」生きることは、枯渇するエネルギーの中にいる、、ということになります。

「人は人、自分は自分」は枯渇しない

「人は人、自分は自分」で生きると、自分自身の中から、エネルギー補給ができます。自分自身からのエネルギー補給は、限りがありません。無尽蔵にあふれ出てきます。いつでも、必要なとき、自分の中から自分に、エネルギーを補給できます。

「人は人、自分は自分」で、自分を中心に置いて生きていると、喜びのエネルギーも、しあわせのエネルギーも、自分で補給します。枯渇しません。無限です。

エネルギー補給は常に必要

「人は人、自分は自分」は自分でエネルギー補給できるといっても、「人に合わせて」生きる場合と同じで、エネルギーを補給する必要があります。

常に、自分自身の状態を観察して、「今、喜びを感じているか?」「今、しあわせを感じているか?」をチェックします。喜び、しあわせのエネルギーがなくなっていたり、薄まっていれば、すぐにエネルギー補給が必要です。

「人に合わせる」場合と違って、今ここで、自分の中からエネルギー補給できます。そこが大きな違いです。

いつでも、氣がついたら、エネルギー補給できます。小まめにエネルギー補給するのが理想です。また、エネルギー補給をし続け、常に喜び、しあわせの状態でいれば、それを同じ状況が、現実に反映されます。そうなったら、なんと、うれしいことでしょう。

エネルギー補給の仕方

エネルギーの補給の仕方は、自分が喜んでいる状態、しあわせを感じている状態をイメージして、今ここで、すでに喜び、すでにしあわせの状態の中にいる、と思い込んでしまいます。喜び、しあわせエネルギーの中に、自分を置きます。これで、補給、OKです。

常に、自分の状態を観察し、チェックする必要があります。常に、喜び、しあわせを感じていてください。補給を忘れると、いつの間にか、「人に合わせる自分」に戻ってしまうことが多々起きます。

喜び、しあわせの定義を変える―――発想の転換

現実では、いろんなことが起きています。嫌な出来事の方が多いかもしれません。

そんなの中で、常に喜びしあわせを感じるということは、「難しいのではないか?」「そんなことできないでしょう?」という疑問が出てきませんでしたか?

実は、常に、喜び、幸せを感じることができます。

種明かしをすると、目の前で起きるすべての出来事を、喜び、しあわせに変えてしまえばいいんです。

そうすると、どんな嫌な出来事であろうと、そこから、喜び、しあわせを感じることが出来る、ということになります。

今までは、喜び、しあわせの状態とはこういうものだ、という固定観念がありました。その固定観念を壊します。固定観念を捨て新しい観念に書き換えます。

新たな、喜び、しあわせの状態を、自由に、設定し直します。喜び、しあわせは、自分の心が自由に決められます。

そういう意味で、常に、喜び、しあわせを感じることは可能だ、ということになります。

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自分を大事にする

「笑えないときは笑わなくていいんだよ」と自分に許してあげることは、自分を大事にしていることです。自分にやさしくしていることです。

自分を大事にするということは、人も大事にするということです。自分にやさしいということは、人にもやさしいということです。

人と自分、両方を大事にすると、どんな世界が展開されるでしょう。平和で、喜びが循環している世界が想像されます。

自分を大事にすると、自分にも人にも、やさしく、心地いい循環が起こることがわかります。つくづくと、自分を大事にすることの重要さを思います。

笑わない 笑うふりをする どっちもOK ただ「人は人、自分は自分」のスタンスで

「人は人、自分は自分」にいながら、「笑えなくても笑うふりをする」こともあります。

この場合は、「人に合わせて」そうしているのではなく、「人は人、自分は自分」にいながら、まわりとの調和とバランスを取りたくて、あえて、自分で望んでそれを選んでいます。この選択も、自分を大事にしています。

「笑えないときは笑わない」ことも、「みんなと一緒に笑う」ことも、ただの反応です。いい悪いは、本当は、ありません。どっちの反応をしても、普通に受け止められるようになったらいいな、と思います。

笑えないとき、単純におもしろくない場合と、自分の心が閉じていて笑いに乗れずおもしろくないと感じる場合があります。

どっちの場合も、自分の自然な発露に過ぎません。それを、自然に、受け入れ合えるようになったら楽になるだろうな、って思います。

チャレンジを楽しむ

「笑えないときは笑わない」ことを実行に移すのは、思いのほか、難しいと思いました。

「笑い」は、ポジティブの代表のようなものなので、ポジティブに一人だけ乗らない、ということは、なかなか困難なチャレンジだと思いました。

なので、あえて、「笑えない」自分を尊重して、自分を大事にすることにチャレンジしてみよう、と思いました。

自分を大事する、という視点で、「笑うふり」も、これからも、わたし、やるでしょう。

日々の生活のなかで 1つずつ

「笑わないときは笑わないことを許す」ということは、「人に合わせる」象徴的なこととして、取りあげました。「人に合わせる」生き方と、「人は人、自分は自分」の生き方の違いを伝えたかったんです。

他の例をあげてみます。SNSをやっている方なら心当たりがあると思います。早くコメントをしなければ相手との関係が悪くなると思い、「人に合わせて」返事をしなくては、と思うことがありませんか?

このとき、「人に合わせて」コメントをするのではなく、「人は人、自分は自分」にいましょう、ということなんです。「人は人、自分は自分」にいて、コメントするなり、しないなり、行動してみませんか、ということを言いたかったんです。

こんなふうに、日常生活のなかで、次から次へと、選択することが出てきます。その選択をするとき、小さな、1つのことからでも、「人は人、自分は自分」から選択してみませんか、ということを伝えたかったんです。

「人は人、自分は自分」は無限のパワーを秘めている

「人は人、自分は自分」は、自分にも人にも、真にやさしい視点で、無限のパワーを秘めています。どうぞ、楽しんで活用してください。


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