「アウト・オン・ア・リム」は願望を叶えるおまじない!

「アウト・オン・ア・リム」は願望を叶えるおまじない!ってどういう意味!?

と思われたかもしれません。

スピリチュアル界のレジェルト本と言ってもいいであろう、ハリウッドの大女優シャーリマクレーン著『アウト・オン・ア・リム』。

この本が火付け役となり、世界的なスピリチュアルブームが巻き起こりました。

「アウト・オン・ア・リム」とは、「果実、すなわち”真理”を得るためには、枝の先まで危険を冒して登らなければならない」という意味だそうです。

「真理」を「願望」と置き換えてみてください。

願望を叶えるプロセスで、真理を思い出していく、というこの世の仕組みがあります。

願望を叶えるとは、自分の中の問題をクリアすることでもあります。

本を読んだ当初は、「アウト・オン・ア・リム(果実、すなわち”真理”を得るためには、枝の先まで危険を冒して登らなければならない)」を理解できませんでした。

しかしなぜか真理だと感じ、願望を叶えたいとき(問題をクリアするとき)、いつも思い出していました。

あるとき、ストンとその意味が腑に落ちました。

そして、この世の仕組みを知っていくほど、「アウト・オン・ア・リム」の真実性がどんどん強くなっていきました。

そのうち「アウト・オン・ア・リム」というタイトル自体が、本一冊分の内容がある、とまで感じるようになりました。

願望を叶えるのは、実は、恐かったりします。

その恐怖を超えることができなくて、叶えることを諦めていませんか?

「アウト・オン・ア・リム」は、その恐怖を超えるのに有効なおまじないです。

さらに、『アウト・オン・ア・リム』の本はここまで深く意図されていたのか!と驚くことがありました。

「アウト・オン・ア・リム」がなぜ願望を叶えるおまじないなのか?

さらに驚いたこととはなんなのか?みなさんと共有したいと思います。

「アウト・オン・ア・リム」のおまじないを心の友に、問題をクリアし、願望を叶えませんか?


ー目次ー
『アウト・オン・ア・リム』とは
読み返して発見したこと
恐怖を超えられるか?
恐怖を超える有効なおまじない
なにに驚いたのか?
「アウト・オン・ア・リム」の真の意味
恐怖は自分の中にしかない
本当は楽しいこと

『アウト・オン・ア・リム』とは

『アウト・オン・ア・リム ー愛さえも越えて』シャーリー・マクレーン著。1983年、アメリカで出版。

日本では、1986年、山川紘矢・亜希子・訳地湧社より出版。

この本が出版された頃、世界は大きく変わろうとしていました。

1989年にはベルリンの壁の崩壊、1991年にはソ連が崩壊しロシアになりました。

日常生活を送りながら、世界が揺れ動き変わろうとする大きなうねりを、肌で感じていました。

わたし自身も激動の中にいました。一向に解決できない問題に苦悩し、2年間、出口のない真っ暗なトンネルの中にいました。

藁をもすがる思いで、一条の光を求めていました。

1987年、その光となり、抜け出すキッカケとなったのが、『アウト・オン・ア・リム』でした。

後々わかったことですが、この苦悩こそが、真の自分で生きることを目覚めさせてくれました。

地獄のような苦しみこそが、天国への門を開いてくれたんです。

偽りの自分で生きる葛藤の人生から、真の自分で生きる葛藤のない人生へ、方向転換していきました。

下記は本の宣伝文です。当時は「スピリチュアル」を「精神世界」と言っていました。

「アウト・オン・ア・リム」 世界を震撼させた一冊

「愛と追憶の日々」で、アカデミー主演女優賞を獲得した著者は40代初めに世界中を飛び回る。

その中で、インドのヨガ教師から前世のあることを示唆され、ヒマヤラのラマ僧との会見で、デ・ジャブを覚え、スウエーデンの霊媒師から、精神世界の説明を受けるなど、奇妙で不思議な体験を繰り返す。

その結果、自らのこれまでの即物的な生活を反省し、ついには、俳優ピーター・セラーズの突然の死を予知したり、体外遊離を経験するまでになる。

それまでは「実利的な合理主義者」だった著者が、オカルテイックな領域の存在を認めるに至るまでの経緯が、平易な文章で書かれている。

それだけに、精神世界に対して疑いの目を向けるであろう大多数の人々にも、納得のいく仕上がりになっている。

現在、精神世界をにぎわす様々な要素を勉強できると同時に、世界的女優とその恋人との、大胆な逢瀬の様子を、のぞいてみることもできる。

両方の意味でセンセーショナルな話題を提供した一冊だ。

行動派で知られる人気女優の著者が、数々の神秘的な体験をきっかけとして、本当の自分、神、宇宙について知りゆく過程を綴る。その勇気ある試みは新しい時代の幕開けを予感させる。

読み返して発見したこと


久々に『アウト・オン・ア・リム』を読み返して、2つの発見がありました。

1つ目の発見。

「スピリチュアルな目覚め(5次元世界)」と「恋愛(3次元世界)」の、次元の異なる2つの話で成り立っていることに、ハッとしました。

わたしは、次元の異なる2つの世界が同時に描かれていることに、自覚していなかったのですが、違和感を持っていたんです。

それ変じゃない?意識の高い5次元の世界の話だけでいいんじゃない?なんで現実世界の話を同時に描くんだろう?と。

読み返したとき、その違和感に対する答えに氣がつき、ハッとしたんです。

ハッとしたことで、違和感を持っていた自分に氣がついた、という具合です。

スピリチュアルに目覚めるプロセスにおいて、つまり5次元意識に目覚めるには、恋愛こそ最強の学びであることに氣がついたんです。

恋愛こそ魂の成長を促す最強のテーマ、5次元に意識を上昇させる最良の体験、であることを思い出したんです。

しかも、スピリチュアルと現実を切り離すこと自体が違っていました。スピリチュアルとは、特別なことではなく、生きていることそのものだからです。

目の前の現実に、すべて答えがあるからです。

「スピリチュアルな目覚め」と「恋愛」の組み合わせの、絶妙な計らいに感嘆しました。

2つ目の発見は。

「愛さえも超えて」という副題が目に入りました。それまで、この副題には反応せず、でした。

わたしの成長が追いつかず、「愛さえも越えて」が発しているメッセージを捉えることができなかったんです。ようやく反応できました。

「愛さえも越えて」とは、なんとすごいことを伝えているでしょう。驚きです。

「愛」を越える!

「愛」は越えるものであるということ、ここにも壮大で深い意図が隠されていると感じます。

この2つの発見は、以前の話です。

今のわたしは(2019年9月6日現在)、そんなことに違和感を持った自分が嘘みたいです。未熟だったな、と苦笑いです。

また、壮大な意図の解釈に、より近づいていると感じています。自分自身をもっと高みに誘(いざな)ってくれる、深い意図だと感じています。

恐怖を超えられるか?


ここからは、本題である「果実、すなわち”真理”を得るためには、枝の先まで危険を冒して登らなければならない」に秘められている、願望を叶えるおまじないを一緒に考えていきます。

願望を叶えるためには必ずや、「果実、すなわち”真理”を得るためには、枝の先まで危険を冒して登らなければならない」を問われることになる、と考えています。

危険を冒してまで真から欲しい果実を得ようとしますか?
それともやめますか?

自分が本当にしたいことをするとき、危険を冒して細い枝の先にある果実を取りに行くか行かないか、選択しなければならないということです。

例えば、こんな感じです。

川に橋がかかっています。その橋を越えると果実の取り放題です。

しかし、橋の板が腐って川に落ち怪我するか死んでしまうんじゃないか?という恐怖が出てきます。

危険だといえば危険です。大丈夫だといえば大丈夫です。渡ってみないとわからない状況です。

心底から果実が欲しい。あきらめきれないほど欲しい。でも橋を渡るのは恐い。命の危険を感じる。

渡りますか?
やめますか?

勇氣を出して橋を渡ったら、果実は確実に得られます。果実を得るだけでなく、超えたという体験によって自信がつき、欲しいものをどんどん手に入れる自分に変わるかもしれません。

橋を渡るのをやめれば危険は回避できます。勇氣を出さずに済みます。変わらなくていいことにホッとできます。ある意味、楽ですが、今までと変わらない自分にその先も悶々とし続けるかもしれません。

選択は自由です。正解不正解はありません。どっちの選択も正解です。

多くの人は橋を渡らないでしょう。果実は欲しいけれど危険を冒してまで手に入れる勇氣はないでしょう。恐怖を超えらるのは容易ではないからです。

わたしたちは、なかなか、恐怖を超えられないものです。

しかし、危険を冒してまで超えようとするとき、人生は大きく動きます。

一線を超えるという表現がありますが、超えると、生きる層が変わります。それまでとは違う領域で、生きることになるでしょう。

恐怖を超える有効なおまじない

「果実、すなわち真理を得るためには、枝の先まで危険を冒して登らなければならない」

このことを真理だと信じないと、有効なおまじないになりません。

真理だとなんでわかるのか?と言われたら、直感としか言いようがないです。

この世には、「真理だ」という意見と「真理ではない」という意見の、2つしかありません。

2つあるということは、答えはないということです。自分が答えを決めるということです。答えは自分の中にあるということです。

真理だと思った時点で、有効なおまじないになり、人生を変えることができます。

このおまじないが、恐怖を超える勇氣を引き出してくれます。

なぜなら真理だからです。真理だから、勇氣を引き出すエネルギーがあり、望む方向へ導く力があります。

最終的に橋を渡らない選択をしたとしても、それも大きな前進です。渡ろうかどうしようか迷うことが、貴重な体験になります。無駄なことは1つもありません。

恐怖と対峙することで、たとえ恐怖を超えられなくても、次のチャレンジに必ずやつながります。

恐怖を超えようかどうしようか、真剣に迷うことは、勇氣をチャージするようなものです。次に恐怖と対峙したとき、勇氣チャージしているので、超えやすくなっているでしょう。

そして、いつの日か、恐怖を超えて果実を手にするでしょう。

細い枝に果実を取りに行くのですから、本氣の覚悟が必要です。このことも頭に入れて置いてください。

なにに驚いたのか?

さらに、『アウト・オン・ア・リム』の本はここまで深く意図されていたのか!と驚くことがありました。

と、最初に書きましたが、なにに驚いたかというと。

わたしは、願望を叶えようとすればするほど、「アウト・オン・ア・リム」にぶつかることに氣づいていました。

細い枝の先まで危険を冒す覚悟をすることは避けられない、と確信が強まる一方でした。

願望を叶えたいということは、願望は叶っていないということです。

なんで叶っていないのかといえば、叶えることに恐怖が伴うからです。

願望を叶えるということは、恐怖を超えなければならない、ということです。ものすごく恐いけれど、恐さを超えないと願望は叶わない、ということです。

わたしは、願望を叶えたいと、日々取り組んでいます。それは、恐怖を超えることを突きつけられる日々、ということでもあります。

そんなある日、「アウト・オン・ア・リム」の意味を思い出していたときに、今まで以上に「アウト・オン・ア・リム」の意味と深くつながったんです。

それまでわたしは「アウト・オン・ア・リム」の意味を、勘違いしていました。

自分の現実、つまり自分の外にある具体的な恐怖と対峙し、その恐怖を超えることだと捉えていました。

違う!

「アウト・オン・ア・リム」は、外にある恐怖ではなく自分の中にある恐怖と対峙することだ、ということに氣がついたんです。

「アウト・オン・ア・リム」はそういうことを伝えていたのか!?と驚いたんです。

以前の話です。今は、自分の心の中のある恐怖を超えることが当たり前になり、定着しています。

「アウト・オン・ア・リム」の真の意味

「果実、すなわち”真理”を得るためには、枝の先まで危険を冒して登らなければならない」に秘められている真の意味とは、自分の中にある恐怖を超えるということ。

その恐怖を超えない限り、願望を叶えることはできない。

恐くて恐くて超えられないと思うほどの恐怖を超えない限り、願望を叶えることはできない。

全身全霊、命を懸けるぐらいの覚悟で真剣に、自分を恐怖から解放する。恐怖を超える。

そして、心から望む願望を、叶え続ける。

「この世でやることはそれだけなんだよ」
「自分の中にある恐怖を超えて願望を叶えるることが、ここでの学びなんだよ」

ということを言っているんだな、それが真の意味なんだな、と悟りました。

「アウト・オン・ア・リム」にはなんとすごいメッセージが秘められているんだろう、と驚嘆しました。

それを、みなさんと共有したかったんです。

恐怖は自分の中にしかない

恐怖は、自分の中にあります。外にあると思っていましたが、外ではなく自分の内にしかあります。

自分の内にある恐怖を、自分自らが取り除かなければなりません。

恐怖は幻です。幻ですから、恐怖は、本当は、どこにも存在していません。

自分が恐怖を創り出し、その幻の恐怖に縛られ、怯えているんです。自分が自分を、恐がらせているんです。

恐怖は幻であることに氣づき、その幻の恐怖の中で生きるのをやめましょう。幻の恐怖から出ましょう。

幻=ホログラムです。

叶えたい願望が強いほど、恐怖は大きいです。強力なチャレンジですが、必ず超えられます。

恐怖を超えた先の、真から望む人生、心から求めていた景色を目にしましょう。その景色を見るために生まれてきたわたし達です。

「アウト・オン・ア・リム」のおまじないで、願望を叶えましょう。

本当は楽しいこと

恐怖を超えるのは大変と書いたけれど、それは実施にそうだと思っているけれど、これだけは書いておきたいです。

そんな大変なことをなんでやるのか?

楽しいから、うれしいから、喜びだから、心から望んでいることだから、です。潜在意識の声です。

そうなんです。究極なポジティブな体験だからです。

表面ではネガティブに見えるかもしれないけれど、ポジティブな取り組みであることを、わたし達は知っています。

このことをやりたくてこの地球に降り立った、と言えます。

だから、チャレンジできるんです。

一番やりたいことだった!って、人はどこかの段階で必ず思い出します。

自分の中にあるネガティブと対峙することをスルーしてしまうのは、最高の体験を先送りするようなものです。

もったいない!

「アウト・オン・ア・リム」を心の友として、生活に取り入れませんか?


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