「守る」〜無防備は最大の防御?本当の安心へ

「あなたは、守ると聞いて何を連想しますか?」柵や壁、鎧や盾、鍵、あるいは我が子を守る手、などでしょうか。

わたしたちは、安心、安全が脅かされるのは、外からの影響だと思っています。そしてその外の対象から自分や大切な人を守るために、ガードを固めたり、逆に相手を責めたり、あるいは自分にはどうにもならないと無力感に陥ってしまうこともあるかもしれません。

人間関係であれば、自分の正当性を主張する、コントロールする、こころを閉ざす、無関心になる、環境であればたくさんの鍵をつけたり、壁を高くしたり、護身術を習ったり、警報機をつけたり持ったり、塩を盛ったり?まだまだ浮かんできそうですね。

相手を責めた場合、一時は説得できてもまた別の問題が浮上したり、違う人との関係や出来事で同じような問題が起こるのを繰り返していることに気づくことがありませんか?

また、どんなに厳重な防備を施しても巧妙な手口でそこをくぐられてしまったら、まさにイタチごっこ、ゴキブリ退治のようなものです。どちらにしても不安はなくならず心は閉じ、意識は萎縮して疲れ果ててしまいます。

安心のためにほどこしたはずの防備を作れば作るほど、守りに入れば入るほど、敵が大きく見え、力を増し、恐れや不安が大きくなっていくのを感じてきます。本当の安心はどうしたら得られるのでしょうか?

不安の原因

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無理に不安に思わないようにと念じれば念じるほど、むしろ不安が膨れ上がってくるものですよね。そもそもその不安は、最初からあなた自身のものだったのしょうか?

例えば、テレビのニュースはほぼ暗いニュースや不安をあおるものが多いですよね。それを無意識に見ているうちに、世の中はそういうものだという思いが定着してませんか。

それが集合意識として、現実を創っているって知ってたでしょうか?そしてその現実をみて、やっぱり現実はとなってしまうんです。世の中物騒だ、不景気だ、あいつが悪い、こいつが悪い、みんなそう思っている、そう言っている。それが、当たり前と思える現実を創ってみんなで共有しているんですよ。

また、家族や知り合いの口癖によって無意識に受け入れてしまったものもあるかもしれません。

う~ん、そういうこともあるかもしれないけど、よく分からない。それにわたしが感じている不安はそういうものじゃないんだよねと、自分でもなぜこんなに不安になるのか、過剰に反応してしまうのか、そしてそれを繰り返してしまうのか分からないまま悩んでいるかもしれません。

繰り返す感情に生まれてきたテーマが隠されている

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そのもやもやしているものはなんでしょうか。強く反応するものごとは人によって違います。それは、それぞれの内にある感情にそれぞれの生まれてきたテーマ、使命があるからなんです。そうです、自分が守ってきたことの奥に宝物があるんです。

それに気づくために、その感情が湧き上がるような出来事が起こったり、人が現れたりしてるんですよ。

その一見ネガティブに見えるところから宝物を掘り起こすためには、これと向き合う必要があります。外に原因を求めていたものを自分の内側に向けるのです。わたしたちは、外に壁を作って外から身を守っていると思っていましたが、実は自分の中のその秘密を見ないように壁を作り蓋をしていたのです。

向き合うというのは、自分が悪いと反省することではありません、犯人探しが目的ではありません。ただありのまま自分を観察するんです。

最高のセキュリティー~無防備は、最大の防御

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世の中には「攻撃は最大の防御」という言葉がありますが、これからは無防備は最大の防御でいくのはどうでしょうか。

これは、まったく意見も言わないとか無力でいろとかいう意味ではありません。他人や自分を責めるのをやめて、ありのままを見て受け入れてみてください。受け入れるのは相手の理不尽な言動ではなく、自分の中に沸き起こる感情や思考です。

ありのままに見るためには、感情にすっぽり入り込んでしまってはできません。そこから引いた観察する意識が必要です。また、受け入れるためには心を開くことが大切。心を開くことで恐れを溶かすことができるのです。

最初は、葛藤がでてきます。心を開くなんて、そんなことしたら一巻の終わりだ、もっと恐ろしいことが起こるぞ、また同じ目に会いたいのか、というささやきが聞こえてくるかのようです。それも丁寧に観察していきます。

この葛藤を越えていくのをあきらめないでください。今では、不自由さを感じてはいますが、心を閉じてないではやってこれなかったのですから、そう簡単には心の扉を外せないことも多いと思います。そんな自分にも愛情を注いであげてくださいね。

やがてその地道な取り組みができるようになると、いままで自動的に「恐れ」として反応をしていたものが冷静に識別でき、単に「思い込み」だったことや、「思いグセ」に気づけるようになるので、違う選択をするゆとりがでてきます。不安の影の実体が恐ろしい怪物ではなく、子猫だったことに気づくんです。ニャ~ン♡

あるいは、インスピレーションが働きやすくなるので、いいアイデアが浮かぶかもしれません。

こうしたことを繰り返すことで、自分がどんどん軽くなってくるのがわかります。すると不思議と起こることも感触のいいものに変わってきますし、以前ほど強い感情を感じなくなってきます。自分の波動が上がってくるのでそれに準じてくるんですね。なので、エネルギー的なものに敏感という方も、こうすることで自分に必要のないものを取り込まなくてすみます。

変化は劇的に起こることも稀にあるかもしれませんが、大抵はゆるやかで気づきにくいものです。ある日ふと、「あれ、わたしいつもならこういう場面でとても不安に思っていたものだけど、今は、平気だ」という感じで変化した自分に気づきます。

こうして起こることに自分で責任がもてるようになるんです。責任というとプレッシャーと感じるかもしれませんが、他人や環境に振り回されず、自分の責任下でなんでも選べるなんてとっても自由だと思いませんか。

自分の奥にある感情に気づきそれを受け止め、許し、包み込んで解放する。そして、本当に望む幸せを意図していく。起こること任せの人生ではなく、起こしていく存在である自分に気づいていけるんです。(思いは現実化するということも参考にされてください)

どうですか?これからは、守るために壁を作ったり、攻撃するのではなく心を開いていきませんか♡

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